大通り南で待っててね


 アヤカがプルト共和国にやってきたのは、ボクが6才になった日のことだ。養母のエイコさんに連れられ評議会館邸を訪れたアヤカは頑なな表情をしていた。まるで世界中の人間は自分の敵であるといった雰囲気を漂わせている。エイコさんも扱いにほとほと困り果てているのは明らかだった。このとき評議員だったというのが運の尽き、そんな感じである。
 ボクと双子の弟マヨールは同い年ということで、仲良くするように両親から強く言われたのだが、あそこまで睨み付けられると仲良くしようという気分にはならないだろう。二人が去っていったあと、ボクとマヨールは顔を見合わせ、「無理だよな」とこっそり言い合ったものだ。ボクたちの顔を見た母さんがこう言う。
「アヤカちゃんはご両親を亡くされたばかりなの。だから、あなたたちが気を配ってあげなくちゃだめよ」
「だけどさー、あんなおっかない顔してにらまれたら遊ぶに遊べないよ」
とマヨールが言う。ボクも相づちを打った。
「そうだよ。きっとあの子だって無理してボクたちと遊んで欲しいとは思ってないさ」
すると
「母さんはあんたたちをそんな子に育てたつもりはありませんよ!」
といきなり怒鳴られた。ものすごく怖い顔をしている。こうなったら母さんは手がつけられない。とりあえずその場はごめんなさい、と言ってボクたちは逃げ出した。

 翌朝、アヤカは相変わらず怖い顔をしてギタの学舎に登場した。授業中、先生に鋭い質問をしては困らせている。ずいぶんと頭のいい子だということは分かった。昼休み、皆でお弁当を食べていると、アヤカがいきなりこう言いだした。
「プルトの食べ物って貧相ね。それに授業も子供っぽくってくだらないし」
いかにもバカにした口調だ。ボクはかーっとなって叫び、アヤカの腕をつかんだ。
「そういう言い方ってないだろう!謝れよ!」
「ブルーノ、やめろ!」
マヨールが慌ててボクを止めようとする。すると、アヤカはふんと顔を背けた。
「やあね、いきなり暴力を振るうつもり?」
ボクは我に返り、腕を放した。アヤカはわざとらしくつかまれていたところをさすった。
「いたーい。評議長の息子さんのくせに野蛮なのね」
「なにぃ?」
ボクは再び飛びかかろうとしたが、マヨールと友人たちがすんでの所で止めてくれた。
「私、もう帰るわ。こんなところにいたって不愉快なだけだし、授業だって大したことないしね」
アヤカは肩をすくめると、学舎を出ていってしまった。
「なんだよ、あいつ」
ボクは珍しく熱くなっていた。マヨールはそんなボクのなだめ役に徹してくれた。
「まあまあ、そういう性格なんだよ。いちいちかっとなっていたらキリないさ」
「そりゃそうだけど・・・」
ボクは唇をかんだ。ボクの大切なものをああいう言い方で否定されるのがたまらなくいやだったのだ。
 しかし、考えてみればなぜアヤカはわざと他人を怒らせるようなことを言うのだろう。そう言えばいちいち鼻につくような芝居がかった態度だった。ボクなら、移住して見知らぬ土地に来たのなら、とりあえずは皆とけんかするような事態は避ける。どう考えてもアヤカのやっていることは自虐行為だ。こんなことばかりしていては、敵ばかり作って、プルトには居づらくなってしまうだろう。
 居づらくなる?そのときボクははっとした。アヤカはプルトにいたくないのだろうか。もしかしたら、成人したら(そう、あと数日でボクたちは成人だ)すぐにでも出ていくつもりなのかもしれない。
「マヨール、ボク、午後の授業はさぼるから」
ボクもアヤカと同様学舎を飛び出し、父さんのいる評議会館に向かった。

 父さんはいつものようにきまじめそうな顔をして書類にサインをしている最中だった。ちょっと苦手なあのシャイアルさんはいない。
「父さん・・・あの・・・」
ボクはこわごわ声をかける。父さんはボクをきっとにらみつけた。怒られるのは承知の上で、ボクは勇気を出してこう言った。
「仕事中に来ちゃいけないのは承知しています、ごめんなさい。でも、どうしても教えて欲しいことがあるんです」
「・・・じゃあ話してみなさい」
 ボクはアヤカのことを話して聞かせた。すると父さんの顔は思いの外優しくなった。
「ブルーノはあの子のことが気になるのか?」
「気になるって言うか・・・だってあんなことしたらアヤカ自分のことを傷つけるだけだよ。ボク、見てられないんだ」
「おまえは優しい子だな」
「そんなことないさ。だってボク、アヤカの腕思い切りつかんじゃったし・・・」
アヤカから野蛮人だと言われたことを思い出し、胸がちくりと痛んだ。父さんはボクの髪をもみくちゃにした。
「あの子の両親は裕福な商人だったそうだ。相当恵まれた生活をしていたらしい。しょっちゅう両親とともに船に乗って旅をしていたんだ。ところが、先日プルトに寄港したとき両親が病で倒れてしまってね。どうやら、前に立ち寄った国で流行病にかかってしまったようなんだ。結局あの子は両親の死を一度に経験してしまったというわけだ」
「でも、どうしてプルトに来たの?だって、故郷は別にあったんでしょ」
「それがだな・・・やたら遺産があったことから親戚がもめてしまったようなんだ。あの子が今故郷に帰れば利用されることは間違いない。だから、成人するまではプルトにいた方が彼女のためだと思ったんだが・・・判断を誤ったかな」
「父さんたちはアヤカにどうしたいか聞かなかったの?」
「ああ・・・あえて聞かなかったんだ・・・」
「聞いてよ!どうしたいのか!プルトが嫌いなのに、無理して住まわせるのはかわいそうだよ。そりゃ、プルトが嫌いって言われるのはいやだけどさ・・・」
ボクはなぜか泣き出していた。ボクは自分の故郷が大好きだったから、アヤカに悪く言われたのはやはりショックだったのだ。
「分かった」
父さんは立ち上がった。それからボクに清潔なハンカチを差し出した。
「これから父さんはあの子に意思を確かめに行ってくる。だからもう泣くな」
ボクはハンカチを受け取り、それで涙を拭った。母さんの香りのするハンカチだった。

 ボクがどきどきしながら家で待っていると、やがて父さんが帰ってきた。ボクが慌てて出迎えると、父さんはこう言った。
「あの子は・・・アヤカは故郷にも帰りたくないし、プルトにもいたくないそうだ。でも、成人するまでは我慢すると言った」
「分かったよ・・・でも、父さんは悔しくない?プルトがいやって言われてさ。せめてプルトを離れる前にプルトもちょっとはいいところだったな、って思って欲しくない?」
「そう思うなら、おまえががんばるんだな」
父さんはボクの方をぽんとたたいて行ってしまった。
 ボクはいきなり父さんから突き放され、途方に暮れた。ああ言えば父さんも協力してくれるだろうと思ったのだが、甘かった。父さんはボクにアヤカを任せたのだ。

 ボクはとりあえず家を出て、あれこれ考えてみることにした。アヤカにプルトを好きになってもらうためにはどうすればいいんだろう。やっぱりけんかしてしまったボクが謝ることかな・・・。ボクはちょっと躊躇したが、アヤカの住むリム区北邸に向かった。せめて会ってくれるといいのだけど。
 ドアをノックすると、ゆっくりとドアが開いた。アヤカだった。ボクの顔を見ると、ドアを閉めそうになったが、慌てて身体を滑り込ませ玄関に入った。
「ちょっと待ってくれ、謝りたいんだ」
「別に謝ってもらうことなんてないわよ」
「その・・・腕が痛かったんじゃないかなと思って・・・ごめん」
ボクは目を伏せた。
「ついかっとなっちゃってさ」
するとアヤカはボクの訪問の意図を探るようにじっと見つめてきた。
「パパに言われてきたんじゃないの?」
ボクはきっとなって、アヤカを睨み付けた。
「そんなわけない!」
ボクの心はアヤカと仲直りしたい、プルトを見直して欲しいという気持ちと、ふざけるなという気持ちが錯綜していた。だが、アヤカの一見挑発的な、だが実際は孤独な緑の瞳を見ているうちに、アヤカの言葉を文字通り受け取ってはいけないのだと悟った。
「ねえ・・・どうしてプルトが嫌いなの?」
ボクは話題を変えることにした。アヤカはボクの言葉に驚いたようだった。
「なんで、そんなこと聞くのよ!」
「だって・・・ボクはプルト以外の国を知らないからどうしてかなって・・・」
アヤカは落ち着かなげに親指の爪をかじっていたが、つぶやくように言った。
「だって、パパとママが死んじゃった国だもの」
それが理由なのか。ボクは合点した。自分の両親が突然死んでしまうなんてボクには想像もできない。どんなに寂しかっただろう。そう思ったとき、ボクはついつい泣いてしまった。アヤカはあっけにとられてボクを見ている。
「どうして、あなたが泣くの!?信じられない」
「だってアヤカ大変だったんだろうなと思って・・・そう思ったら、涙が出てきたんだ」
「バカじゃないの・・・」
そう言うアヤカの声は弱々しかった。
「ごめんね、みっともないことしちゃって。ボク帰るから」
そう言ってきびすを返そうとしたときのことだ。アヤカが突然ボクの手を引っ張った。
「いかないで・・・もうちょっとだけここにいて・・・」
振り向くと、アヤカの瞳に涙がたまっていた。
 ボクが大人ならアヤカを抱きしめていたかもしれない。だけど、ボクにはそんな勇気はなかった。ただただ、アヤカの手を握るほかなかった。
 アヤカはしばらく嗚咽していたが、やがて涙を拭うとボクの手を振り払った。
「私のことひどい女の子だと思ったでしょ」
「そんなことない」
「うそおっしゃい」
「ひどいとは思わないよ。ただ、がんばりやさんだなって・・・。がんばりすぎて、意地になっているだけだって思った・・・」
ボクはそう言いながらなぜか頬が熱くなるのを感じた。
「それじゃ、ボクはそろそろ行くね」
ボクは後ろも振り返らず、リム区北邸を後にした。

 翌朝、ボクがウルグ見学に行こうといったん神殿前に出たときのことだった。隅の方にアヤカが立っているのが見える。声をかけようと口を開きかけたとき、アヤカから話しかけてきた。
「ブルーノ・・・」
「あ、おはよう、アヤカ」
「昨日のことは・・・本当にごめんなさい・・・」
アヤカはもじもじしながら謝る。ボクは首を振った。
「いいんだ。気にしないで」
「あのね・・・お願いがあるの」
「なんだい?」
 アヤカのお願いとは、プルトを案内して欲しいと言うことだった。ボクはおやすいご用とばかり引き受けることにした。別にウルグ見学は必修というわけでもないし。

 ボクはアヤカの手を引っ張って、まず一番好きな場所に連れて行った。そこはバスの浜だった。
「ここでね、みんな足腰を鍛えるんだ。だけど、恋人たちのデート場所でもあるんだよ」
そう言っている間にも、カップルたちがやってきてボクたちの目を気にしながら、こっそりとキスをするのが見えた。
「ほらね」
「やだ」
アヤカがくすくすと笑う。アヤカの笑顔を見たのはそれが初めてだった。
「あ、笑ったね。アヤカは笑ってる方が似合ってるよ」
するとアヤカが真っ赤になってうつむいた。ボクは、ちょっとおませなこと言っちゃったかなと思いながら、見なかった振りをして、タラの港に場所を移すことにした。
「知っていると思うけど、ここがタラの港。そこに立っているのがザカーの塔っていうんだ」
「静かな港ね」
「そうなのかな・・・」
「うん、私の知っている大きな港はいつも船がたくさん出入りして、にぎやかなの」
「いろんな国を知っているんだもんね」
「・・・そうね・・・」
アヤカは、遠い水平線をまぶしそうに眺めた。
 そのあと、大通り南に行った。
「ここで恋人たちが待ち合わせするんだよ」
「じゃあ、誰と誰がつきあっているなんてバレバレね」
「そういうことになるのかな・・・」
ボクたちは笑いあった.。

 そんな感じであちこちを巡り、再びバスの浜に戻ってきたのは日が暮れる直前だった。
「ごめんね、つきあわせちゃって」
アヤカがそう言った。実際こうやって話してみるとアヤカは魅力的な女の子だった。幼い頃からあちこちの国を見てきただけあってものすごく物知りだし、頭もいい。ただし、意志が強い分だけ、強情という感じもした。やっぱりプルトでこぢんまりと生活するタイプじゃないんだろうなとボクは密かに思ったのだ。
「いいんだよ。ウルグ見学なんて退屈なだけだし」
「きれいな夕焼けね」
アヤカが空を見つめる。
「プルトは自然が豊かでいいわね」
ボクはそのとき、答えは分かっていることを訊かずにはいられなかった。
「やっぱりアヤカは成人の儀式が終わったら、旅立っちゃうんだよね」
「そのつもりよ」
「寂しいな」
「・・・お世辞でもいいこと言ってくれるのね」
「お世辞じゃないよ」
アヤカはそれを聞くと口ごもってしまった。ボクも気恥ずかしくなり黙り込む。しばらく二人はなにも言わず立っていた。

 そんな沈黙を破ったのは、たまたまバスの浜にやってきたマヨールだった。
「ブルーノ!?」
ボクがアヤカといるのに心底驚いたような口調だ。ボクはマヨールに手を振った。それからアヤカに言う。
「じゃあ、今日はこのくらいで。楽しかったよ」
「・・・ええ」
 帰り際マヨールは徹底的にボクを追求した。
「あの子とケンカしてたくせに!」
「いいじゃないか、別に」
「変なの。あ、分かった、あの子が好きなんだろう」
「バ、バカなこと言うなよ」
「ふーん」
マヨールはボクの横顔をじーっと見る。ボクは話題を逸らそうと、走り始めた。
「うちまで競争!」
「待てよ!」

 ついに成人の儀式の日がやってきた。ボクとマヨールは緊張しながら神殿に向かう。神殿には先生、シャイアルさん、そして評議長としての父さんが待っていた。アヤカはボクたちとちょっと離れたところで、ぽつんとたたずんでいる。どうせ、あの子にとっては本当にただの儀式にしかすぎないのだろう。
 ボクはジマショルグを選び、バハウルグに所属することにした。マヨールはコークとガアチだ。アヤカはどうするのだろうと固唾をのんで見守っていると、ジマとガアチにしたようだ。
 みんなから成人おめでとうといわれながら、神殿を出ていったときのことだ。一足先に出ていったはずのアヤカがボクを待っている。
「あ、あのね、ブルーノ」
「なに?」
「今、移住船がやってきているんだって。だからそれに乗せてもらおうと思うの」
「え、そんなに早く!?」
「うん・・・だってしばらく船は来ないって聞いているから」
「ウソだろ・・・」
「ウソついたって仕方ないじゃない」
「・・・」
ボクは拳を握りしめた。こんなとき、なんて言えばいいんだ。落ち着いたら手紙をくれとでも言えばいいのか?
「・・・行くな!」
結局ボクが言えたのはこの一言だった。アヤカは唖然として目を見開いた。
「行くなよ!まだ早いよ。ボクたちせっかく知り合ったのに、もう行っちゃうのかい・・・」
ボクはまた泣きそうになった。だけど必死に堪えた。
「そりゃ、プルトは狭くて、大きな街もないし、退屈かもしれない。でも、もう行っちゃうなんて寂しすぎるよ・・・」
「ブルーノ・・・」
アヤカはボクの思いがけない言葉に途方に暮れているようにも見えた。唇をかみ、必死に言葉を探している。
「本当に私がいなくなったら寂しい?」
「当たり前じゃないか」
「じゃあ、私のこと好き?」
突然の問いに、今度はボクが仰天する番だった。嫌いならこんなことは言わない。ただ、無責任に「好きだ、愛している」と言えるかどうかは分からなかった。ボクの中のアヤカに対する思いは、もやもやとしていてつかみ所がないものだった。口ごもるボクにアヤカが畳みかけるように言う。
「私はブルーノが好き。だって、こんな私のこと真剣に心配してくれたんだもの。本当に嬉しかった。今まで、私に対しておべっか使う人は大勢いたけど、ブルーノみたいに誠実な人は初めてよ」
アヤカはボクをまっすぐに見つめてくる。ボクはそのとき酸欠のヴィチみたいに口をぱくぱくさせるしかなかった。
「とりあえず出発は1年遅らせることにするわ。それまでお試し期間ってことでつきあってみない?」
「ええ!?」
「いや?」
「そ、そんなことないさ!」
ボクはそう言わされていた。言ってから、それはアヤカを好きだと認めることなのだと気がつき、照れくさくなった。つい小声で確認する。
「こんなボクでいいの?」
「ええ」
アヤカの瞳がいたずらっぽく輝いた。
「明日、大通り南で待っててね」

〜The End〜


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