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カイエンはもらったばかりのメダルを胸に、大通りを走っていた。これを絶対シャーリーに見せたい。
シャーリーとは、カイエンの伯父コーラスと結婚したばかりの若い女性である。オルルドからの移住者ユフィとダグ・モンゴメリーの次女だ。薄い茶色のふわふわした髪の、ちょっとぽっちゃりしたきれいな女性である。たまたまカイエンの曾祖母と同じ名前であるが、全然関係はない。いや、もしかしたら、ちなんで命名されたのかもしれないが。
港西にあるモンゴメリー家に駆け込むと、シャーリーだけが家に残っていた。
「シャーリー、シャーリー、見てくれよ、メダルもらったんだぜ」
はしゃぐカイエンを見て、シャーリーはおっとりとほほえんだ。
「良かったわね、カイエン、がんばったから」
「うん・・・」
カイエンはそこで突然次の言葉を失った。
カイエンがメダルを取ろうとひたすら学校に通ったわけ、それは、シャーリーを晴れてデートに誘うためだったのだ。カイエンは1年以上前からシャーリーに恋していた。しかし、未成人ではデートに誘うことなんてできやしない。早く成人することだけが夢だったカイエンだったが、その間に伯父とシャーリーが愛を暖め去年の25日に結婚したことで、その初恋は終わってしまったようなものだ。せめて、結婚しなければシャーリーを奪うことも可能だったかもしれない。あんな凡庸な伯父よりも、カイエンはシャーリーを幸せにする自信があった。しかし、シャーリーは伯父を選んだのだ。
「あのさ・・・オレ、成人したらシャーリーに言おうと思っていたことがあるんだ」
「なーに?」
カイエンは目を伏せた。しかし、言わずにはいられなかった。
「お、オレ・・・シャーリーのことが好きだった」
最初からうまくいくはずのない恋の告白。シャーリーはそんなカイエンをじっと見つめていた。
「カイエン・・・あなたの気持ちは分かっていたわ。でも、私はコーラスをとても愛しているの。もちろん、あなたのことは好きよ。でもそれはかわいい甥っ子として好きなだけ。私みたいなおばさんじゃなくて、あなたにはもっとふさわしい娘さんとすてきな恋をするべきだわ」
シャーリーの優等生の返事にカイエンは爆発した。
「伯父さんのどこがいいんだ!オレはシャーリーだけをずっと見ていたんだ。なのに、先に生まれたというだけで伯父さんが!!!」
カイエンの母譲りの緑の瞳から悔し涙がこぼれる。シャーリーは悲しそうにほほえんだ。
「それは違うわ、きっとあなたとコーラスが同じ年だったとしても私はコーラスを選んだと思う。あなたとコーラスは火と水くらい違うの。あなたは火みたいなものね。私にはあなたの情熱を受け止めるだけの器はない」
「いやだ!」
カイエンは分かっていたはずなのに、自分を制御することができなくなってしまった。衝動的にシャーリーの手首をつかんで、自分の方につかみ寄せ、強引に唇を奪った。
「オレはシャーリーが欲しいんだ!」
シャーリーは抵抗しなかった。それどころか、目を見開き、カイエンを憐れみの表情で見つめている。カイエンはそれを見て、自分の敗北を悟った。シャーリーを突き飛ばすように離すと、振り向きもせず、モンゴメリー家を飛び出していった。
しばらくカイエンは闇雲に走っていたが、たどり着いたのはリムの漁場だった。年の初めのせいか誰もいない。3日からはカイエンもここで働くのだ。
カイエンは伯父コーラスが憎かった。母の三人の兄たちの中で一番おとなしく、これといった取り柄もなさそうなお人好しだと思っていたのに。それどころか、姉のウピゾナもこの伯父に密かに恋をしていることを知っていたから余計に腹立たしかった。母と伯父は実は血がつながっていない。しかし、形式上は兄妹だから姉の恋も最初から空しいものなのだ。なのに姉は伯父を慕っていて、特定のボーイフレンドを作るつもりもないらしい。
「ちくしょう」
カイエンは岩場でひっくり返ると、鉛色の空を眺めた。今にでも雪が降りそうな天気だ。いっそ、伯父が「伯父」でなかった方が気が楽なのに。そうすれば、シャーリーを奪っても気はとがめなかっただろう。
血がつながらないとはいえ、母と伯父たちはたいそう仲がいい。これまた血のつながらない祖母アサもカイエンのことをたいそうかわいがってくれる。母や祖母のことを思うと無茶はできないと思う。中途半端な親戚関係がわずらわしかった。
「あと、2年早く生まれたかったぜ」
カイエンはつぶやく。ずっとシャーリーの豊かな胸に顔を埋めたかった。それだけが夢だったのに。さっきの冷たい唇の感触は苦い味となって永遠に心に残るだろう。
翌日、カイエンは憂鬱な気分でミダショルグの新年会に向かった。列の後方で、つまらなそうにナァムの祈祷を眺めていたときのことだった。隣に立っていたセカリア・ランダースがこれまたつまらなそうに口をとがらせているのが見える。
セカリアは祖母アサの姪にあたる。つまり母のいとこというわけだ。(血のつながりはないが。)カイエンとは2つ違いで、きれいな黒髪をポニーテールにして、きりりとした表情が印象的な女性である。美しく利発な娘だったから当然ボーイフレンドもいる。
そのときまでカイエンは特にセカリアを異性として意識したことはなかった。それなのに、その横顔を見ているうちに、セカリアを奪ってしまいたいと思うようになっていた。シャーリーに振られた腹いせだったが、そのときのカイエンは半ばやけくそで、どうなってもいいやという気分になっていたのである。
カイエンはショルグ長の挨拶のとき、セカリアを肘でつついた。
「明日デートしようよ」
こっそりささやく。セカリアはカイエンをじっと値踏みするように見つめた。それから、ふっと息を吐き出すと、いいよと言った。
翌日のことである。大通りを歩きながらカイエンはあれこれ考えていた。セカリアの気持ちが分からない。セカリアはヨウイチ・スホーイを愛しているんじゃないのか。それとも最近デートしてくれないヨウイチに対する当てつけなのか。好きでもないくせにデートに誘う自分と五十歩百歩のような気がした。だとしたら、罪の意識なんて感じることはない。これは遊びなのだ。そう言い聞かせながら待ち合わせ場所にたどり着いたカイエンを、セカリアが呼び止める。
「タラの港に行こうか」
二人は多少ぎこちなく歩いた。カイエンは周辺にヨウイチがいないかきょろきょろしたが、幸いいないようだ。初デートで修羅場が展開されるのは勘弁して欲しかった。
タラの港にたどり着くと、セカリアは波止場に腰掛けた。
「どういうつもりであたしをデートに誘ったの?」
黒い瞳がカイエンを問いつめる。カイエンは何気ない風を装った。
「新年会で隣にいたからさ」
セカリアはぷっと吹き出した。
「言ってくれるわね。私が好きだとは言ってくれないわけ?」
「言って欲しいかい」
「別に」
セカリアはつんとする。カイエンは言い返した。
「そんな君だって、どうしてデートの誘いを受けたんだ?どうせオレとはお遊びなんだろう」
「かわいくないわね・・・。でも、その通りよ」
二人の間に沈黙が流れる。とても、恋人同士とは言い難い雰囲気にカイエンは息が詰まりそうだった。
「オレ、もう帰るよ。君の目的は達成されたんだろう」
「意気地のない男ね。私をヨウイチから奪ってみたいとは思わないの?」
セカリアが流し目をくれる。カイエンは身の毛がよだつ思いがした。なんなんだ、この女は。オレを挑発している。
「奪われたいのか」
カイエンは弾みで言葉を返した。セカリアは口のはしに笑みを浮かべる。
「さあ」
ちくしょう、分かったよ。カイエンは肩をすくめた。
「じゃ、明日も大通り南に来いよ。絶対だぞ」
「気が向いたらね」
セカリアはそう言い放つと立ち上がり、スカートのほこりを払うとバイバイと手を振って行ってしまった。カイエンの頭にかーっと血が上っていく。勝負はこれからだ。
カイエンはわざとのんびり大通り南に向かった。セカリアがいなくても、自分に言い訳できるようにである。案の定いない。
「ふん、口ばっかりのやつ」
カイエンは負け惜しみでののしったが、ふと思い出した。今朝はセカリアの試合の日だったのである。なんとなく義理で応援に行くことにした。
試合はすでに始まっていたが、セカリアの方が優勢だった。途中で闘技場に入ってきたカイエンを目のはしでとらえたセカリアは、かすかに口元に笑みを浮かべている。
結局セカリアの勝利で試合は終了した。水飲み場で顔を洗っているセカリアに何か言おうかと思ったが、気の利いた言葉も思いつかず、カイエンは再び大通り南に向かった。
「あら、いたの?」
セカリアはふふっと笑った。カイエンがいなくても、全然気にしないというそぶりである。カイエンはむちゃくちゃ腹が立つのを感じたが、これではセカリアにやられっぱなしである。
「さっさと来いよ」
セカリアの手を引くように、タラの港を目指して歩いた。
「どうせ、オレじゃなくても良かったんだろう」
ふてくされたようにカイエンが言うと、セカリアは首を傾げる。
「さあ、どうかしら。でも、一応あなたはハンサムだし、私のボーイフレンドとしては合格点をあげてもいいと思っているのよ」
カイエンは、容姿端麗な両親に似て顔だけは恵まれていた。子どもの頃は女の子と間違われるほどの容貌だったのである。
「顔だけで選ばれたってわけか?」
「そうね・・・あとは一応議長さんの息子だし」
「つまんねー理由」
カイエンが言うと、セカリアは鼻で笑った。
「そっちこそ、なんで私なの?」
「たまたま隣にいたからって言ってるだろう!」
シャーリーに横恋慕していたなんてセカリアには絶対知られたくなかった。
「ふん、そうかしら。私がアサ叔母さんの姪だからじゃないの?」
「関係ないぞ、そんなこと!」
カイエンは真っ赤になって怒った。ところが、セカリアは容赦なく畳みかけてくる。
「おもしろいわよね。ベジャ姉さんは君のところのログナーさんと結婚したわよね。カルディナ姉さんだって一時期コーラスさんと交際していたこともあったわ。弟のアインは君のウピゾナ姉さんに首っ丈みたいだし?」
「何が言いたいんだ!」
「これは運命なのかもね」
そう言って、くすくす笑う。
「フォーチュン家とランダース家の運命ってね」
「ばかばかしい。第一オレはフォーチュン家の血なんて引いちゃいないんだ」
「あら、ロレッタさんは本当はミッションさんのいとこなんでしょ。あなただってれっきとしたフォーチュン家の男よ」
ちくしょう、オレが無意識にセカリアを選んでいたのはそんな理由だなんて絶対に認めたくない。しかし、その横顔が大好きな祖母に似ているのは間違いなかった。
「ま、運命を試してみるのも一興かもよ?」
セカリアの意地悪い言葉がカイエンを挑発する。
「オレはそんなの信じないぞ」
カイエンはどなったが、弱々しく響いただけだった。
セカリアの言葉が不吉な予言のように思われる。
「運命なんてばかばかしい。そんなもの信じるものか」
カイエンが憂鬱な気分で家に戻ろうとしたときのことだった。呼び止める者がいる。振り向くと、幼なじみのラブレスだった。幼いときに孤児となり、今ではフォーチュン家の親戚筋であるフェン家に引き取られている。
「ああ、君か」
「カイエン・・・話があるの」
ラブレスはもじもじしながら言う。
「なに?」
「あのね・・・実は・・・」
ラブレスはなかなか本題を切り出そうとしない。カイエンはいらいらしてきた。
「早く言ってよ」
「あ、ごめんなさい。・・・明日遊びに行かない?」
そう言うなり、真っ赤になる。カイエンは困ってしまった。ラブレスのことは好きだ。しかし、それはあくまでも友人としてである。
「ごめん、オレ、もうつき合っている人いるから」
カイエンははっきり言うことにした。ラブレスのことは傷つけたくなかったのだ。
ところがそう言ってから、はっと気がついた。セカリアとのつきあいは遊びじゃなかったのか。ここで素直にラブレスとの仲を暖めた方が良かったのじゃないか。カイエンは、ラブレスの寂しそうな後ろ姿を目で追いながらも、セカリアに惹かれかかっている自分に気がついてめまいがしそうになった。
惰性と言ってもいいようなけだるさでカイエンとセカリアはデートしていた。頻度に比べて、熱のこもらないデートに、カイエンはセカリアも物好きだなあと思わずにはいられなかったが、どうして自分もこうだらだらと交際を続けているのか分からなかった。
ところが、ある日のことである。手を握ることすら許さなかったセカリアが自分からカイエンの手を握ってきたのだ。当然カイエンは飛び上がらんばかりに驚いた。
「どういう風の吹きまわせだ?」
「手を握っちゃ悪いわけ?」
「オレとはそういうことはしたくないのかと思っていたよ」
「・・・ヨウイチと別れたのよ。はっきり言ったの。あなたみたいな退屈な人とはいっしょにいてもつまらないのって」
別れるときの言葉すらきつい女だ。しかし、カイエンはこのきつさがたまらなかった。優しいシャーリーや、奥手なラブレスとは全然違っている。
「・・・そうか」
突然セカリアに対して愛しさが募るのを覚えた。この瞬間カイエンは恋に落ちたのかもしれない。
黙ったままのカイエンにセカリアが口をとがらす。
「・・・たまには言いなさいよ」
「なにを?」
「私のことが好きだって」
「言って欲しいのか?」
「別に」
そう言って、つんと上を向くセカリア。カイエンはにやりと笑う。
「好きだよ、セカリア」
「思ってないくせに」
そう言いながらもまんざらではなさそうなセカリアだった。
〜To be continued〜
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