告白


 6月のドイツでの結婚式から半月以上が経過した。6月の下旬は透もハネムーンと言うことで新人ではあったものの休暇を頂くことができた。ありがたいことに社則に特別休暇の規定があったのだ。そこにお邪魔虫という訳ではないのだが、早めのバカンスを取ることに成功したケーナズも加わり、この季節は気候が穏やかなドイツ南部で三人はのんびりとつかの間の休日を過ごしたのだった。
 とはいえ、いくら快適だからと言っていつまでものんびり過ごしているわけにもいかない。7月に入る前に、梅雨でじめじめとしている日本に戻ってきたのだった。しばらく留守にしているとさすがに仕事がたまっている。サラリーマンの透やケーナズはともかく、会社社長であるウィンはしばらく残務に追われることとなった。

 そんな仕事がようやく一段落付いたのが7月中旬に入ってからだった。その頃にはウィンのつわりもほぼ落ち着き、ほっとしたのもつかの間、今度はウィンのお腹が少しずつ目立ち始めた。今までの衣装はほとんど着られなくなり、慌ててマタニティ用の服や下着を買いそろえる羽目になった。ただでさえも背が高く、日本人の標準よりも胸のあるウィンにとってサイズが日増しに変わっていくという問題は深刻だった。とりあえずは手持ちのゆったりとしたサマードレスで誤魔化したのだが、仕事にカジュアルな服ばかり着ていくわけにもいかない。たまたま透の友達でデザイナーがいたので、仕事着としても十分使用に耐えられるマタニティをオーダーメイドすることになった。また、インターネットの海外通販サイトをあちこち巡って普段着を大量に購入したのである。

 「ベビー服を買えばそれで終わりじゃないのねぇ」
ウィンはフランスから送られてきた航空便の送り状にサインしながらため息をついた。
「産婦人科での診察に健康保険が適応されないなんて知らなかったわ。妊娠って色々と物いりなのね」
「病気じゃないから、という理屈なんだろう?」
妹の代わりに段ボール箱を部屋に持って行ってやりながら、ケーナズが言う。この日はたまたま透は出かけていて留守で、あと30分もすれば戻ってくるとのことだった。
 これまでは遠慮してなのか、あまりウィンの家を訪れることがなかったケーナズだが、妊娠が判明してからはちょくちょく訪れるようになった。ウィンの代わりに飼い犬のカプチーノの散歩をしてやったり、力仕事を手伝ったり、運転手をしているようだ。本人から言わせれば「跡を継がない長男のせめてもの償い」なのだそうだ。古城という途方もない固定資産を抱えたルクセンブルク家を継ぐということは、さらに次代の後継者を育む義務も発生する。母がウィンを後継者として指定したとき、ウィンはいつか子供を生むか、あるいは養子を取るかしなければならないと伝えられていた。事情を知らない第三者からすれば跡継ぎに拘るやり方は前時代的に見えるだろう。だが、ウィンに子供がいなければ、城を継ぐのはケーナズの子、あるいは傍系になるが双子の従弟の樹の子になる。(色々思うところのある)ケーナズには子供を作るつもりはなかったし、ましてや樹の子ということになると殆ど無関係の人間を巻き込むことになり、それは本家の人間としては避けたかった。由緒ある古城の後継者というのは一見華やかに見えるが、それを維持していくのは経済的にもとても大変なことなのである。双子の祖父で前代の当主だったヴィルヘルムや現当主の母エリザベートは幸い経営能力に恵まれ、古城ホテルの経営だけではなく、自家製ワインの製造・販売等で順調に財産を築き上げてきたが、次代、次々代までそれが保証されるわけではない。本来継ぐはずだった長男ケーナズの金銭感覚が崩壊寸前であることを思えば、ウィンが母方の優れた経営能力を引き継いだことはルクセンブルク家にとって本当に幸いなことだった。
 箱を開き納品書と服を見比べているウィンに、かなり大きくなったカプチーノと遊んでいたケーナズがさりげなく言った。
「そろそろ透に『あれ』を打ち明ける心の準備はできたか?」
振り向いたウィンの表情に迷いはなかった。左手で腹部にそっと触れながら、ええ、と答えたのだった。

 やがて、両手にスーパーの買い物袋をぶら下げた透が帰ってきた。つわりも収まりようやく食欲の出てきたウィンに栄養のある物を食べてもらおうと、最近料理に凝っていたのである。彼のここしばらくの愛読書は妊婦用の雑誌「たまごクラブ」や「バルーン」などで、ウィンよりも妊娠情報に詳しいくらいだった。そのうち区で主催する両親教室にも行くと張り切っている。
「今日の夕飯はレバニラ炒めに、鯖の味噌煮、オクラと湯葉のサラダとシジミのみそ汁だよー」
と満面の笑みを浮かべながら、買ってきた物を冷蔵庫にしまっていく透。
「ちゃんとケーナズ用に生の瓶ビールも買ってきたからね」
新婚家庭の夕食にまで居座る妻の兄というのはあまりいないだろうが、ケーナズを一人で帰してしまった場合、どうせその辺で適当に外食するだけなのだから、2人分作るのも3人分作るのも一緒だというのがウィンと透の一致した意見だった。
 透が片づけていく間、ウィンは二人のためにコーヒーメーカーをセットし、自分のためにハーブティーを淹れていく。ウィンは今刺激物は可能な限り口にしない。このハーブティーは、驚く人も多いのだが、ケーナズが大学で学んだ知識を生かしてブレンドした物である。

 やがて、ウィンのホテルで新商品の試食用に作ったザッハトルテを三人でつまみながら、コーヒータイムとなった。
「今、日本では『ホテイチ』って言葉があるように、うちのホテルでもお菓子やパンの新商品を開発中なの。難しいのが、本場の味を売りにするのか、日本人の舌に合った味にするかってことなのよ。本場を売りにした場合、甘すぎるような気がして。ちなみにこれはお願いして甘さを控えめにしてもらった物なのだけど、どうかしら?」
「オレはこういうの好きだけど?」
「……私はもともと甘い物がそれほど得意じゃないから、このくらいで丁度良い気もするが。一度叔母様達にも味見してもらったらどうだ?」
「それは良い考えね。最近お台場の方に顔出していなかったから良い機会だわ。いくつか試作品を作ってもらって訪ねることにしましょう」
ウィンはぽんと手を叩いた。
「あまりにも日本人受けに拘ると、ドイツ料理からかけ離れていくような気もするし、かといって本場の味に拘ると、日本にいるドイツ人には受けるかもしれないけど、本当に来て欲しい日本人のお客さんは呼べない気がするの。創作料理と割り切ってしまえばそれまでなのだけど、うちのマイスターは自分の料理に誇りを持っているもの。そのプライドは尊重しなくてはいけないわ。この兼ね合いが難しいのよ」
そう言いつつ、悩んでいること自体がとても幸せという表情だった。半年前まではただのオーナーということで総支配人に全てを任せていたのだが、今では積極的にホテルの運営に携わり、それが楽しくて仕方ないのだ。

 それからしばらくは三人でどうでも良い雑談をしていたのだが、皿の上のケーキがなくなった頃、ケーナズがウィンの方を見ながら咳払いをした。それまでくつろいでいたウィンの表情がさっと変化する。ソファに腰掛け直し姿勢を改めると、透の方をじっと見つめた。
「あのね……実は私たちから折り入って話があるの。時間、大丈夫かしら?」
透をじっと見つめるウィンとケーナズの生真面目なまなざしから、透もどうやら重要な話らしいということは気が付いたようだった。
「大丈夫だよ」
そう言いながら膝の上に手を乗せる。
 双子はどう切り出そうか迷い互いに顔を見合わせたが、ケーナズの方が軽く頷くと口を開いた。
「キミと知り合って1年以上経つわけだが、今まで隠してきたことがあるんだ。言おうか言うまいかずっと迷ってきた。このことを知っているのは、身内の中でも母達と二人の叔母達、それと樹だけだ。後は草間君や太巻など、あの興信所に関わるメンツだけなんだよ……」
「私達が草間さんからしょっちゅう呼び出されるのが不思議だとは思わなかった? 別にお茶飲みに行っていた訳じゃないのよ」
ウィンが続ける。
「要するに……私達……」
ウィンの声が詰まった。目を伏せ、手にしていたハンカチをぎゅっと握りしめると早口で言った。
「特別な力を持っているの。分かりやすい言い方をすれば『超能力』ということになるのでしょうね」
「冗談だと思われるかもしれないが、本当なんだ。ちょっとこれを見ていてくれ」
ケーナズはそう言いながら、テーブルの上からウィンのお気に入りのウェッジウッドのコロンビアセージグリーンのコーヒーカップを手に取り、空中で手を放した。万有引力の法則に従って落ちるはずのカップはそのまま浮かび続けている。
「新手のマジックなんかじゃない。私が浮かせているんだ。そしてこういうこともできる」
そう言いながら視線をカップからテーブルの上のソーサーに動かすと、カップが音もなくソーサーの上に着地した。
「それだけじゃないの」
ウィンがそう言いながら、前もって準備してあったトランプを手に取り、念入りに切ってみせる。それから、絵札の方を透の方に向けながら1枚1枚当てていった。
「別に裏に答えが書いてある訳じゃないわ。透視しているのよ」
ウィンはそう言いながらトランプを元に戻した。
「それ以外にも……」
そう言いながら、次の言葉は透に対してテレパシーを使った。
【こんな感じで話すことなく意思を伝えることだって出来るの】
「今の今までこんな重要なことを隠してきて済まなかった」
ケーナズは頭を下げた。
「私たちはこのことを知られて嫌われたり、恐れられたりしたくなかったんだ」
「だけど、これ以上隠せないわ。だって……私から生まれてくる子供達にこの力が遺伝するかもしれないし……それに、何よりも隠し事をしているのはフェアじゃないと思ったから」
ウィンの瞳からはぽろりと涙がこぼれた。
「もっと早く言うべきだったということは分かっているの。だけどなかなか言い出せなかったの、ごめんなさい……」

 それまでずっと二人の行動を黙って見守っていた透は開口一番。
「すげー!!! それってちょー便利じゃん!」
双子にとっては予想外……だが、ある意味まさに透らしい反応だった。興奮してテーブルをバンバン叩きながら「もっとやって」とはしゃぎ始める。
 ウィンとケーナズは強ばった笑みを浮かべ、互いに顔を見合わせた。二人とも張りつめていた緊張の糸がぷつんと切れてしまいそうな気分だった。
「えぇとね……」
「私たちは普段この力を使わないようにしている」
まだ涙声のウィンの言葉をケーナズが続けた。
「確かに便利だが、それに頼ってしまって万が一誰かに見られたとき説明できないからな」
「これが奇術だと思われている内は世間も受け入れてくれるでしょうけど、本当に『超能力』だと知られたのなら私たちは『モンスター』扱いされてしまうわ」
「人と違うことはなかなか受け入れてもらえない……そうだろう?」
二人の真剣な表情に、透は表情を改め二人をじっと見つめた。
「……あのさ、黙ってたこと謝ることないよ。オレも二人にそういう質問したことなかったし」
透の顔には、恐れや嫌悪感と言ったものは一切なかった。
「あー、でも、子ども達にその力が遺伝しちゃったら、オレじゃ相談に乗ってあげられないからよろしくね」
そう言ってから屈託のない笑みを浮かべた。
 ずっと言おう言おうと思っていたことをようやく伝えることができた今、双子は透をぼんやり見つめていた。透は絶対にこの事実を受け入れてくれるはずだと信じていながら、心の奥底で拒否されるのではないかという恐怖心からようやく解放され、虚脱状態に陥ってしまったらしい。

 しばらくしてからウィンが深呼吸すると口を開いた。
「……ありがとう……透にちゃんと話して本当に良かった。私たちの子ども達のことはまだ全然分からないけど、お母様達の話だと、私たちが赤ん坊の頃は『力』が食欲とかに直結していたみたい。お腹が空くと粉ミルクの缶が宙を浮いてお母様の頭を直撃したり、おむつを替えて欲しいときは離れていても泣き声がテレーゼの耳元で聞こえたり」
親たちにとっては難儀な話ではある。それから付け加えるようにこう言って笑った。
「もっとも、それをやっていたのはほとんどお兄様だったという話よ」
「おいおい、人聞きの悪いこと言うな」
ケーナズは妹の頭を小突くと、ふて腐れたようにそっぽを向いた。ウィンはくすっと笑って、さらに続ける。
「そんな問題児達だったから、シッターさんにはお願いできなくて、お母様達とお祖母様が私たちの面倒を見る羽目になったの。言葉が分かるようになってからは、人一倍厳しくしつけられたわ。一番最初に教えられたのは、これを人前では使わないと言うこと。したいこと、して欲しいことがあったらきちんと口や手足を使いなさいって」
「小さいときは正直納得できなかった。高いところにある玩具を取るのに、力を使えば楽なのにわざわざハシゴを持ってきて取るように言われるんだからな」
「そうやって拗ねてお母様達を困らせていたくせに」
「お前がいい子ちゃんだっただけだろ」
「だって、お兄様があんまりにも我が儘でみんな困っているのが分かっちゃうんですもの、私まで我が儘言えないでしょ」
今まで話したくても話せなかった子ども時代の話が二人の口から次々に飛び出してくる。
「ふーん、みんな大変だったんだね」
子どもの頃に戻ったような口げんか寸前の二人の姿を見ながら、透はのんびりとした口調で言った。
「今度お母さん達に昔話聞いてみるよ」
それからにこっと笑ってこう言ったのだった。
「でもさ、でもさ、携帯の通じないところでのテレパシーって便利じゃない?」
双子は顔を見合わせ、次の瞬間透の方に向き直り口をそろえて
「ああ、便利だ」
「ええ、便利ね」
と同意したのだった。

- The End -


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