not a twin but a double


 「えー、ツインの空き部屋がないですって!?」
ホテルのフロントで驚いたような声を上げたのはウィン・ルクセンブルクである。双子の兄ケーナズの学会が明日から仙台であると聞き勝手にくっついてきたのは良かったが、その学会のためホテルの部屋が満室らしく、ウィンは途方に暮れてしまった。市内の別なホテルには空きがあるのかもしれないが、ウィンの心づもりとしては旅行の目的の半分以上が兄と色々話すことにあったので、それでは意味がない。
 傍らにいたケーナズは腕組みをしながらぼそっと珍しい事を言った。
「私の部屋はダブルだが、エキストラベッドでも入れてもらおうか?」
普段なら部屋がないなら余所に行けとでも言いかねない男である。ウィンはそれを聞いて
「……仕方ないわねぇ。予約を取り忘れた私が悪いのですもの、今日はそれで我慢するわ」
とあっさりと引き下がる。身長約175センチのウィンにとってエキストラベッドは快適とは言い難いが、兄と同室になれるのなら文句はない。ビジネスホテルに極上のサービスを求める方が間違っているとウィンは理解していたのである。

 チェックイン後、ケーナズは翌日の発表に備えて原稿に目を通し始めた。その様子はあまりにも真剣で、今は話しかけるべきではないとウィンは判断した。己の仕事に誇りを持っているケーナズは仕事中邪魔されることを一番嫌うのだ。触らぬ神に祟りなし。夕飯まではどこかで時間つぶしをしてきた方が懸命のようだ。
 日本史を専攻しているウィンはタクシーをチャーターして、伊達家ゆかりの場所を訪ねることにする。本当に城の跡しかない青葉城跡、絢爛豪華な伊達政宗の霊屋、瑞鳳殿などを見ているうちにあっという間に日が暮れてしまった。
 再びホテルの部屋に戻ったとき、ケーナズはまだ原稿に手を加えていたが、ウィンの姿を認めると、伊達眼鏡をかけ直しノートパソコンをぱたりと閉じた。
「いじり始めるときりがなくなる。美味い物でも食べに行くか?」
「だったら、仙台名物牛舌でも食べに行きましょうよ♪」
新幹線の中でずっとガイドブックと睨めっこしていたウィンの声が弾んだ。
 焼いた牛タンと麦飯、テールスープの定食を食べた後、米どころらしく美味しい日本酒をたくさん扱っているという和風の居酒屋で冷酒を堪能した二人は、9時頃には部屋に戻ってきた。

 シャワーを浴びてパジャマに着替えてしまうと、やることは何もなくなる。ケーナズはベッドに横になって所在なげに無料の衛星放送などを眺めている。ウィンは、いったんはあまり寝心地の良くないエキストラベッドに身を横たえたものの、落ち着かずに寝返りを何度も打った後、枕を持って立ち上がっておもむろに兄のそばに横になった。
「!?」
驚いたのはケーナズの方である。
「寝心地が悪いからと言って、私はエキストラベッドでは絶対寝ないからな!」
「当たり前ですわ。お兄様があそこで寝たら足が飛び出すでしょう」
ウィンはそう言いながら、兄の逞しい背中にぎゅっと抱きついた。
「んー、いい抱き心地。いかにも男って感じ☆」
「おい、やめろ!」
普段冷静なケーナズが本気で慌てている。ウィンはくすっと笑った。
「意識しすぎよ。私たち兄妹じゃないの。昔はこうやってよく一緒に寝てたでしょう?」
「昔は昔。今は今だ。自分の所に戻れ!」
憮然として答えるケーナズ。妹にからかわれたのが腹立たしいらしい。だが、ウィンは戻ろうとはしなかった。
「たまにはゆっくり話したいの」
そんな風に囁かれたらたいていの男はノックダウンしてしまうような甘い声だった。だがケーナズはそっぽを向いたまま「戻れ」と繰り返す。
「どうしてそんなに頑固なの?」
呆れたようにウィンが言うと、ケーナズは
「兄妹だろうと大人の男女なのだからケジメは必要だ」
と答える。ウィンは思わず吹き出しそうになった。妙なところで堅い兄だ。ドイツ人の基準からするとウィンが柔らかすぎるのかも知れないが。
「では、聞きますけど、私とお兄様がまかり間違ってそーいう関係になると本気で思ってます?」
「……そんなこと思うか!」
不機嫌そうな低い声。ウィンはほくそ笑んだ。
「なら良いじゃない。私だってそうですもの」
「どうして今日に限ってまとわりつくんだ?」
ついにケーナズが首だけウィンの方を向けた。ウィンはにこっと笑った。
「だから、色々とゆっくり話したいことがあるって言ったでしょ」

 あまり密着するな、と前置きした上で、ケーナズはウィンに毛布への進入を許した。相変わらず背中を向けたままである。顔を合わせるのは照れくさいのだろう。ウィンはジムで鍛えられた兄の逞しい背中に顔だけ押しつけた。ウィンはこうして触れ合ってぬくもりを感じているだけでほっとする。幼い頃、悪い夢を見る度に枕を持って兄のベッドに潜り込んだことを思い出す。あの頃はウィンが再び眠りにつくまで、ケーナズはしっかりと抱きしめてくれていたが、思春期に入った頃からケーナズの方が意識してしまってそれ以来こうやって共に眠ることはなくなっていた。
「それで……?」
ケーナズが促す。ウィンは深く息をつくと、こう切り出した。
「主に透のことかしら?」
「やはりな……」
 ケーナズはウィンの想い人・渋谷透に対して友情だけとは言い難い感情をかつては抱いていており、ウィンもそのことを知っていたのである。だが、一方でケーナズはトップアイドルのイヴ・ソマリアにも心惹かれていた。結局とある事件がきっかけでケーナズとイヴの仲は急接近し、また、妹が透に心寄せていることに気が付いたため、ケーナズはイヴ一人に愛情を向けることを決意し、『透は友人』と気持ちの整理を付けたところだったのである。だが、そのことを肝心のウィンには言い損なっていた。
「以前はともかく、今私が愛しているのはイヴだけだ。安心しろ」
ぶっきらぼうに言うケーナズ。こういうことは言いにくいものらしい。
「私がこうして透のことを想っていても?」
「どういう意味だ?」
「どうして今まで恋人を取り合っていたのか、その理由に気が付いていない?」
 二人は同じ相手を好きになっては争奪戦を繰り広げていた。ウィンより押しの強いケーナズの方がたいてい勝ってしまうのは当然の結果と言えよう。
「理由なんてあるのか? たまたま好きになった相手が同じだっただけだろう?」
「5回も6回も同じことがある訳ないでしょう?」
ウィンはため息をついた。兄は全然気が付いていなかったのだろう。そばにいると知らず知らずのうちに互いの感情に影響し合ってしまうことに。
 もしかしたらウィンが一番最初に透に惹かれたのは、兄の感情に引きずられたからなのかもしれない。それは否定しない。だが、その後は自分自身の気持ちとして透を愛したのだと断言できる。だからこそ兄がイヴを愛したときも、兄に同調しそうになる感情を意識して切り離しイヴを大切な友人と認識することが出来た。
「……では、今も私がお前に影響されているかもしれないと疑っているのか?」
「ちょっとは……。だってお兄様、全然自覚ないのですもの」
 妹にそう言われて、ケーナズは考え込んだ。確かに『透は友達』と念仏のように心の中で繰り返さなければ心はぐらぐらと揺れていたかもしれない。多くの者が恋い焦がれるイヴを恋人にして『フォーカス』され、全国的に妬みや嫉み、そして羨みの対象になったにもかかわらずだ。なんとか透への未練を振り切ることが出来たのは、イヴを誠実に愛したいと思う心からの気持ちと、妹への愛情からである。今は心の中の霧は消えていた。もしかするときっかけは透が鬼に取り憑かれそうになった例の事件だったかもしれない。一度は止めたにもかかわらず夢の世界にやってきた妹の姿を見たとき、今までの迷いはきれいさっぱりと消えてしまった。
「心配するな。そんなに疑うなら心の中を覗いたって良いぞ」
ケーナズは相変わらずそっぽを向いていたが、ウィンはそれを聞いてはっと息を呑んだ。そして顔を兄の背中にぎゅっと押しつける。
「そんなことしない……。ごめんなさい」
「……私も今度からそのことは意識するようにする」
「ええ……そうしていただけると嬉しいわ」

 しばらく二人は黙ったままだったが、沈黙を破ったのはケーナズの方だった。
「……今後のことなのだが……立ち入ったことですまないが、聞いて良いか?」
ウィンは多少緊張しながら頷く。
「透との子供を作る気はあるのか?」
確かにかなり立ち入った質問だった。普段ならケーナズは絶対にこんな事に干渉したりはしないだろう。だが、二人にとっては重要な問題でもあった。透が先祖の因縁に絡め取られているのは事実だったし、ウィンがその子を産めばルクセンブルク家の問題でもある。母エリザベートが二人を産んだとき親戚を巻きこんだ大騒動になったように、哀しい事にウィンさえ良ければという話ではないのだ。子供が出来たとき、母と同様にシングルマザーの道を貫き子供の認知も拒むのか、認知して貰いいずれは正式に結婚するのかでは話が大きく異なってくる。家督を継ぐ事になっているウィンが誰かと結婚するという事は、結婚相手に相続権が発生するという事でもあるのだから。
 ウィンはかすれた声で答えた。
「もちろんよ!」
だって、私は透の幸せになると誓ったんだから……とウィンは思う。理不尽な鬼の怨念はもちろんのこと、親戚の雑音にも屈したりなどしない。ウィンは今までに何人もの男とつき合ってきたが、子供のこと、将来のことを具体的に考えたのはこれが初めてだった。あの一見頼りなげな青い瞳の青年のことをそのくらい本気で好きになったのだ。透の夢の世界に入っていったとき、ウィンの覚悟は決まったと言って良いだろう。結婚ということになると透の意志も関わってくるから現時点で結論は出せないが、今は共に生きたいと願っている。
「……そうか……分かった。なら私はお前達を全力で守ってやるから安心しろ」
ケーナズはそのとき初めて身体を妹の方に向け、癖のあるその髪をそっとなでる。ウィンは幼い頃のように兄の腕に頭を預けた。

 その後二人は互いの恋について他愛もない話をした。ウィンからすると兄がイヴの事を猫かわいがりするのがおかしくてたまらない。もしかすると、ケーナズが恋人に対してあそこまで尽くすのは初めてかも知れない。
「だいぶ惚れてるわね?」
とウィンがからかうと、ケーナズは苦笑した。イヴはケーナズにとって本当に新鮮な存在であり、今は無条件になんでもしてやりたいと思ってしまうのだ。(もっとも愛車のポルシェだけはさすがに貸す事は出来なかったようだが)お互い仕事が忙しくて、なかなか直接会う機会がないのも逆にちょうど良いのかも知れない。
「お前こそ、返事貰ったのか?」
ケーナズが仕返しとばかりに尋ねてくる。返事というのは、もちろんウィンが透の夢の中で叫んだことに対してである。ウィンはため息混じりに答えた。
「まだですわ。どうしても言ってくれないのだもの」
「押し倒してしまえ」
ぼそっとさり気なくとんでもないことを示唆する兄。
「それが一番手っ取り早いぞ」
「もぅ!」
ウィンは呆れた。
「甘い言葉を囁いて貰いたいなんて今更贅沢言わないけど、それでは情緒の欠片もないわ」
「あいつだって恥ずかしいんだろ。あれでも日本人だからな」
「分かってるの……」
ウィンとて、目覚めた透の力がこもった腕で抱きしめてくれた事を忘れたわけではない。あれがその場限りのものだとは思わなかった。確かにあの時心は通じ合っていたはず。でも、せめてたった一言言ってほしいと思うのは欲張りなのだろうか? 今更焦っても仕方がないのは分かっているのだが。弱音を吐く代わりにウィンはこう言って笑った。
「今度引っ越したら即お兄様のアドバイスを実行するわ」
「それが良い」
ケーナズはにやりと笑った。

 いざ寝ようということになってケーナズが伊達眼鏡を外したのを見て、ウィンがくすりと笑った。
「さすがに寝ているときははずすのね」
「当たり前だろう。はずさなければ寝返りもうてないからな」
ケーナズが伊達眼鏡をはずすのはシャワーを浴びているときと寝ているときだけである。
 同じエスパーであるウィンにはリミッターなど必要ないからあくまでも心の持ちようでしかないのだが、16才の時PKが暴走しない「おまじない」として義母テレーゼが伊達眼鏡をプレゼントして以来、ケーナズは律儀にこの習慣を守り続けている。ウィンは、ケーナズのリミッターは伊達眼鏡そのものではなく、テレーゼという存在なのだと密かに分析しているが、本人に言うと勝手に分析するなと怒るので黙っている。
「寝るぞ」
そう言いながらケーナズが明かりを消した。ウィンは兄の顔に頬を寄せた。かすかに柑橘系のコロンの香りがする。逃げるかと思ったが、逃げなかった。
「今日だけだからな」
ぼそっと呟く。ウィンはうふふと笑って目を閉じたのだった。

 翌朝、朝食を摂るとケーナズは即学会の会場の国際センターに向かうことになった。ウィンは松島周辺をぶらぶら散策した後、適当に新幹線で東京に戻るつもりである。
「良い身分だな」
ケーナズは別れ際お約束通り嫌味を言うことを忘れなかった。いつも通り聞き流すウィン。半年間仲違いをしていたからこそ、兄の皮肉も適当に受け流すことができるようになったとウィンは内心しみじみ思う。無理矢理でもくっついてきて良かった。日常の中でああいう立ち入った話はなかなか出来ないから。透と仲が良いと言ってもう兄を羨むことはないだろう。自分はこれから透との関係を築いていくだけだ。と言っても、まだ返事すら聞いていないというのに気が早い話だけど。
「美味しいお酒をお土産に買って帰りますわ」
ウィンは兄の背中に手を振った。兄は振り返らなかったが、その代わり手を挙げてみせたのだった。

- End -


目次へ言い訳