ヒートアップ


 私は渋谷透の綺麗な横顔をじっと見つめた。私の風邪のお見舞いに来てくれた透は、嬉しそうにレイさんの剥いてくれたリンゴを頬張っている。その子供っぽい仕草すら、私は愛おしく感じた。
 透が年の割には幼いことは分かっている。今まで私はそんな青年には見向きもしなかった。私の好んだ人はいつも私より精神年齢が同じか、高めの人だったから。なぜ、透に惹かれたのだろう、と私は自問自答する。それはたぶん……純真だから。それは私やお兄様にはないもの。一般的に純粋と言うのとはちょっと違うのかも知れない。だけど、端から見て愚かしいくらいに無邪気で、学習するということを知らないんじゃないかしらと心配してしまうくらい危なっかしい。要するに私もお兄様も透のことを放っておけないんだと思う。目を離したスキに悪い女に引っかかってそうで。
 私があまりにもじっと見ているので、透が視線に気が付いてこちらを向いてにこっと笑った。
「どうしたの? 俺の顔に何か付いてる?」
邪気のない笑顔。透は「女の子は皆天使だ」なんて言うけど、女の子は天使なんかじゃない。どうして分からないの? と苛立つこともあるけど、怒っても仕方ないこと。透がそう信じていることを私は止めることは出来ないし、そんな権利もない。
「ううん、別に」
私はなんとか笑みを作った。
 「熱はもう下がった?」
透が私の額にひんやりとした手のひらを当てた。気持ちが良い。触れられているだけで嬉しくなる。私の動悸が激しくなった。

 私はスキンシップが人一倍好きなのだ。親しい人と触れ合い、愛し合うことで心が満たされるような気がするから。人の心が読めると言うことはある意味孤独なことで、私はいつも自分の孤独感を埋めるように恋人を求めてしまう。お兄様と恋人の取り合いをして破局したケースもあるけど、私が密な関係を望むあまりダメになるケースもあった。私だって分かっている。いつも一緒にはいられないと言うことは。だからせめて一緒にいるときは深く結びついていたい。そう、有り体に言えば私はセックスが好きなのだ。(好きじゃない相手とは絶対寝たいとは思わないけど)
 微熱がある今も私は透のことを求めている。触れられたことで刺激を受け、私は興奮していた。だけどそれを悟られたくなくて、枕に顔を埋める。透には私の欲望を知られたくなかった。知られたら? きっと透は私に応えてくれるはず。だから……だから……私は自分の情欲を必死で押し隠す。私は透のことが好きだけど、透は私を見ていない。ウィンという女の姿形をした夢を追うだけだから。夢や幻を愛されても私は嬉しくない。私は自分の欠点を含めて等身大の私を見てそれをそのまま受け入れて欲しいと思う。

 無口になった私を眠くなったと判断した透は、毛布をかけ直して、私の頭をぽんぽんと叩き、髪を優しく撫でてくれる。
「まだ熱も完全には下がっていないからとにかく寝なくちゃダメだよ」
呑気な声で言っている。私はその手にすがりついた。
「ん、どうしたの? 水でも持ってこようか?」
「……違うの……」
透が欲しい。熱のせいなのか今にも理性のたががはずれようとしている。どうして私は大人しく寝ていられないのだろう。これですべてが崩れてしまうかもしれないというのに。
「しばらく手を握ってて……」
かすれる声でなんとか言葉を紡ぎ出した。
 透は気安く手を貸してくれた。私のたぎるような欲望も知らずに。私はその手を毛布の上から胸元に導き目を閉じた。目が覚める頃には、熱も下がって気持ちも落ち着いていると信じたかった。お兄様が樹ちゃんに託してくれた風邪薬が効き始めたのか少しずつ眠くなってきている。
「おやすみ」
透の声が遠く聞こえた。うん、と私は透の手をしっかりと握り直すと呟くように言った。
「風邪が治ったら葛西臨海公園でデートよ」
「うん……俺、絶対クラゲ見たい」
相変わらず透は透だった。でも、そんな透が今は誰よりも愛おしい。私は狂おしい気持ちを押し隠しながら夢の中に逃避する。

- to be continued -


目次へ言い訳