全ての始まり(作:夜来聖)


「今頃怒ってるだろうな‥‥」
 窓の外を眺めながら、メリッサ・ローズウッドはポツリ呟いた。
 婚約式から数日が経ち、今度は結婚式だ、と周りは騒いでいるが当の本人は上の空だった。
 思い浮かべているのは故郷の島に住む父親の顔。ヒュムノスと結婚、それを知った時の父親の様子は容易に想像できる。
 でも仕方ない。これは決めたことだし。素直になれない部分は多々あれど、これ以上譲りたくない。超常魔導師になる事を諦めた時にように‥‥。
「どうした?」
「いや、そろそろ世界の終わりかしら、と思って」
「は?」
 ランス・マクスウェルはメリッサの言葉に目を丸くした。銀からようやくテンプルムを奪還し、国を復興させようと頑張っている最中。
 冗談でも世界が終わって欲しくはないところではあるが‥‥。
「何かあったのか?」
「あったというか、なかったというか‥‥」
「?」
 いきなり振り返ったメリッサは、マジマジとランスの顔を見つめた。そして唐突に大仰なため息。
「まぁ、頑張ってね。一応、応援してるから」
「??」
 頭の上に数個の?マークを飛ばしたランスに、この言葉の意味がわかるのは数日後の事である。

「絶対に許さん!! ライオンだかホーリーだか知らんが、ヒュムノスの、しかもこんな軽薄そうな男に大事な娘をくれてやれるか!!」
「初めまして、ランスさん? お噂は伺ってるわ。大層なご活躍をなさったそうで」
 開口一番父親と母親の言。一緒に来たメリッサの師匠であるクロートは、黙ってじっとランスの顔を見ていた。
「まぁまぁ、立ち話もなんですから。中にお入り下さい」
 ばあやのナディアが3人を中へと引き入れる。
「ばあやさんの言う通り。さっさと中に入ってよ。常識がないと思われるじゃない」
 娘の冷たい一言で、父親は頭に血を上らせつつも、テーブルについた。
 優しい紅茶の湯気と香りに包まれて、父親も少しは落ち着いたらしい、が今度はランスの様子をじっとうかがっているようだった。
「クロート先生、来て下さって嬉しいです」
「可愛い弟子の頼みだからな」
 今まで沈黙を続けていたクロートが、小さく返事をする。
 そしてやおらランスへと目を向けた。
「お前さん、エルフの寿命をご存じかえ?」
 突然の質問にランスは一瞬目を丸くしたが、しかししっかりと頷いた。
「なら、何も言うまい。メリッサ、幸せにおなり」
「ありがとうございます」
 メリッサの瞳の端に、涙が滲んだ。
「私は断じて許さん」
「あなたが許さなくても、メリッサが決めたことですもの。祝福してあげるのが親のつとめではなくて?」
 いつになく母親は強気で出ている。好きなことさせてやれなかった、その負い目が少しはあるのだろうか。
「祝福? 不幸になるのが目に見えているのにか? ヒュムノスで、軽薄そうで、職もなくて。どうやったら幸せになれる?」
「‥‥職がないのは認めます。ですが、ヒュムノスであることを非難される覚えはありません」
 今までじっと耐えていたランスだが、思わず口に出してしまった。 ライオンハートナイツの騎士団長を辞めた為、今現在のランスの職はない。しかしテンプルムを復活させる、と大事な役目を担っているのは確かだった。
 しかしそれをおごりにしたくない。好きで始めたことなのだから。
「エルフとヒュムノスとでは子供が望めない。それだけで充分な事じゃないか」
 島を出るとき、『メリッサが選んだ相手なら、息子と認めないまでも‥‥』と思っていたのは確かだった。だが本人を目の前にしてそのままの気持ちいられるほど、メリッサの父親は甘くはなかった。
 さすがメリッサの父、と言えるだろうか。自慢出来る事ではないが。
「子供が全てじゃないでしょう。本当に愛し合っているなら、必要ない事です」
「メリッサ、お前はこ、こいつをあ、あ、あ、愛しているのか?」
「多分ね」
 頬杖をついて、面倒そうにメリッサが言う。その様子に苦笑いしつつ、ランスは素直でないメリッサの本心を感じていた。
「多分、だと? なら結婚する事はない! さぁ、メリッサ帰ろう」
「いやよ」
「何故!?」
「何故もなにもないでしょ? 私はここにいたいの。それが理由」
 ランスと一緒にいたいから、なんて口が裂けても言わない。
「‥‥ならばじっくりと拝見しようじゃないか」
 かくして嫁対姑、ではなく。婿対舅の火蓋が切って落とされる事となる。

 結婚式は1週間後に迫っていた。
 いつまでも仲違いしている訳にはいかない、と歩み寄りを試みるランスであったが、ことごとく玉砕する。
 その上二人きりの時間を邪魔され、最近では朝の挨拶さえまともに出来ない始末。
『大変みたいね? 疲れてる? でもこれくらいじゃまだまだよ。なんて言ったって、私と結婚するんだから。これからも頑張ってね』
 ふてくされて自室で飲んでいると、不意にメリッサの声が聞こえた。素直でない言葉。しかし気遣ってくれているのはこれまでのつき合いでわかっていた。
「ありがとう。頑張るよ。これも一つの試練なんだろうな」
 ため息と共にポツリ呟いた。

 その日も朝早くからランスは出かけていた。
「メリッサ。お前は本当にあの男と結婚するつもりなのか?」
「そうよ」
 間髪置かない返事。
「どうしてヒュムノスなんだ?」
「彼がヒュムノスだろうとドワーフだろうと関係ないじゃない。彼は彼だもの」
 ランスの前では絶対に言ってやらない言葉がすらすらと出てくる。
 これも父親への反発の一種だろうか。
「私はね、父さん。エルフだから結婚したい、ヒュムノスだから結婚したくない、って意味がわからないの。エルフにだってイヤな人はいるし、ヒュムノスだっていい人はいる。その人の内面価値って種族で決まるものなの?」
「しかしな‥‥何人も女を泣かせてきた、って聞いたぞ」
「いつのまにそんな情報を‥‥。そんなの関係ないじゃない。尤も、私と結婚して泣きを見るのはランスの方だと思うけど?」
「ぷっ‥‥」
 黙って聞いていたクロートが思わず吹き出す。その横では母親が苦笑いをしている。
「子供も残せないような‥‥」
「結婚って子供が全てじゃないでしょ? 二人の幸せ、っていうのもあるのよ。どうしても欲しければ孤児を引き取っても構わない。銀との戦闘で親を失った子供なんて沢山いるわ」
「しかしだな‥‥」
 段々反論の言葉をなくしつつ、それでも何か言い足りないように口をもごもごと動かす。
「大丈夫よ父さん。ランスはどうでも、私だけは幸せになるわ」
 にっこりとメリッサは笑った。

「お疲れさま」
「あれ? お父さんとお母さんは?」
 いつも一緒にいて、帰ってくるのを出迎えてくれたことなかった為、ランスは戸惑う。
「何か話し合ってるみたい。どう? 復興の方はうまく行ってる?」
「進み方が遅々としてるから、目に見えて、という進歩はないけど‥‥大丈夫だ。私には女神がついているからな」
 臆面もなく言ってのけるランスに、メリッサは苦笑する。
「いつ裏切るかわからないけどね」
「それは困った」
 大仰に顔をしかめてみせる。その表情にメリッサは笑った。
「ばあやさんが軽い食事の用意が出来てるから、って」
「ありがとう」
 自分でも何故『ランス』という男と結婚してもいい、と思ったのかわからない。
もしかしたら居候として転がり込んだ時に、全ては決まっていたのかも知れない。
でもそんな偶然を運命、なんて呼び変えるようないい方はしたくなかった。
 全ては自分が決めたこと。
 そう、誰になんと言われようと、自分だけは幸せになる。その自信はメリッサにはあった。

「まいったよなぁ‥‥」
 食事をつつきながらランスは呟く。
 結婚式まで後三日。それまでには父親との仲を修復したい。しかし時間がなかった。
 朝から晩まで復興に手をかけている。結婚式の日は当然休まなくてはならないから、今のうちに進めておきたい事は山ほどあった。
「ここは一つ‥‥」
 ランスは自室に戻り、ルーンアームナイトの時の正装に着替えた。
 それは決意を固める為。
 そして意を決して父親と母親の部屋の扉を叩いた。
「夜分遅くにすみません」
「はい?」
 母親が顔を出して、一瞬目を丸くする、がすぐに笑みを作った。
「どうぞ。また眠っていなかったから大丈夫よ」
「ありがとうございます。失礼します」
 入り口で一礼して、ランスは中に足を踏み入れる。
 そこには仏頂面の父親が、ベッド脇のイスに腰をおろしていた。
「本日は正式にお願いがあって参りました」
 座って、という母親の好意を遠慮し、ランスは真っ正面に父親を見た。
「‥‥言い訳は一切致しません。お嬢さんを私にください」
 色々言いたいことは考えていた。自分が騎士の時代浮き名を流したことは誰でも知っている。でもそれを今更弁明したところでなにもならない。
「ふん。泣かしたら承知しないぞ」
「‥‥はい!!」
 そっぽを向いたまま、ただ一度もランスの顔を見ようとせず、父親は言い放った。その様子は最後の抵抗、とも見えた。
「安心したわ。貴方なら大丈夫そうね、メリッサを任せても」
「絶対にお嬢さんを不幸にはしません」
「その点は大丈夫じゃな。あの子は何があっても自分の幸せを勝ち取る子じゃ。あんたがけ落とされないように気を付けい」
 クロートの言葉にさすがのランスも苦い顔になった。

 そして結婚式当日。
 朝からお祝いを言う客でマクスウェル家は溢れかえり、森の神殿もひっそりと身内で、と考えとは無縁のにぎやかさになっていた。
 それもこれもランスとメリッサの人望、と言うべきなのだろうか。
「ランちゃんおめでとう☆ あのね、ディアね、ルゥと一緒に花束作ってきたのー。みんなも手伝ってくれたんだよ♪」
 嬉しそうにランスの周りを飛び回るディアナ・ケヒト。それにエセル・ゼニフィールやルージエスト・シェスタの姿も見えた。
 この後ディアナとルゥはクラウディアへ渡り、エセルはこれまで通りテンプルムの復興を手伝って行くそうだ。
「すまないな。婚約式でも色々して貰ったのに」
「いいの♪ 楽しいし、嬉しいから☆」
 新郎であるランスは既に着替えを終え、ホスト役徹している。花嫁であるメリッサの準備はまだ整ってはいない。
「さあさ、花嫁の登場ですよ」
 朱濃瑞麒が袈裟姿で登場する。何故か最近マクスウェル家に出入りしていた瑞麒。何をしていたのかはこれからわかることだが。
「それじゃ、結婚式を始めましょうか」
 婚約式の時と同じように、アステア・ホワイトスノウが神父役をつとめた。
 教壇の前で花嫁を待つランス。
 ゆっくりと扉が開かれて、父親に連れ添われて、花嫁姿のメリッサが姿を現した。
 そのウェディングドレスは婚約式の物とは違っていた。それはメリッサの母親がかつて来た物を、瑞麒が手を加えて直した物だった。
 上からはディアやミリティアが花を降らせ、ヴァージンロードを飾る。
 少々父親のムスッとした顔が気になるではないが、娘を嫁に出す父親の表情はこんなものだろう。
 そしてランスの横へとメリッサを導き、やおら抱きしめた。
「何かあったらいつでも帰ってこい」
「‥‥ありがとう‥‥」
 うつむいて小さく微笑んだ。
「‥‥メリッサを‥‥頼む」
「はい」
 交わされた小さな言葉。それは今までの会話以上に重みがあった。
「すごく綺麗だ」
「貴方が見劣りするくらいにね」
 悪戯っ子のような笑みを浮かべる。
「それでは‥‥」
 とアステアの導きで誓いの言葉が始まった。
「ランス・マクスウェル。汝はメリッサ・ローズウッドを妻とし、生涯守り、愛し続けることを誓いますか?」
「はい」
「メリッサ・ローズウッド。汝はランス・マクスウェルを夫とし、生涯つくし、愛し続けることを誓いますか?」
「‥‥前向きに検討します」
「!?」
 メリッサの言葉に一同唖然。しかし当の本人はしらっとした顔で、微笑みさえ浮かべている。
 その顔にメリッサらしさを感じて、皆笑顔になった。
「メルこっちー!」
 花束を投げるとき、ルゥとエセル、ディアが大きく手を振る。それを見てメリッサは笑う。
「浮気されないようにな」
 元騎士団の仲間から揶揄が飛ぶ。それにランスは失笑する。
「変な事言うな! 私は浮気などした事ない」
 いつでも一人と本気でつき合っていた。‥‥などと今言っても仕方ないが。
「浮気しても構わないわよ」
「おお!」
 どよめきが起こる。
「私がいなくなるだけだもの」
 あっさりとしたメリッサの言葉に皆笑った。
「浮気なんてしない。絶対に。それからこれ‥‥」
「?」
 ツリートップにいる間に買い求めていたサファイア。それはメリッサの青い瞳に映えるような綺麗なサファイアだった。
「指輪にしようかと思ったけど、加工したくなかったから」
 メリッサが世界に二つとない、綺麗な宝石を欲しがっていたのを知ったから、ランスはそれをツリートップ中探し、買った。
 しかしそんな苦労などおくびにも出さない。
「ありがとう‥‥」
 虚勢を張らない素直な表情でメリッサはお礼を言った。その顔が見られただけでランスは満足だった。
 そして静かに、二人は口づけを交わした。

 それから数年後。
 二人の様子に変わったところはなかった。
 メリッサは相変わらずメリッサのままで、ランスはランスのままだった。
 かわった、と言えばテンプルムに緑が増えた事だろう。
「それじゃ、行ってくるよ」
 まだ夢の中のメリッサの額に軽く唇をあて、ランスは出かける。
 バタン、と扉が閉まったのを見計らったかのように、メリッサは静かに目を開けた。
 そして額に手をあて、微笑む。
 ‥‥二人とも、とても幸せなようだった。

この小説は株式会社テラネッツが運営するオーダーメイドCOMで作成されたものです。

ホーム目次