<やすらぎの宿 シュミット屋 >

オリジナルノベル

文:ALF



 ドイツ。バーデン・バーデンにある和風旅館。
 そんな意味不明な物を開いた男、ハンク・シュミット。そんな旅館に日本料理の調理人として雇われた、半島出身者のパク。
 そして、そんな所に嫁いできてしまったエリザベート・シュミット。
 この話は、良くわからない和風旅館を切り盛りする女将の、良くわからない人生の1ページである。

「‥‥うーん、やっぱりお客が盗られてるわ」
 畳敷きの純和風の部屋に置かれた丸いちゃぶ台。壁にはアンティークと言えるのかどうかも微妙な、古くさい茶箪笥。
 で、ちゃぶ台の前、慣れた様子で正座する銀髪の女性‥‥エリザベート。彼女の表情は暗かった。
 暗くもなるだろう。彼女の手元に開かれた帳簿を見れば、ここ数ヶ月の間、日に日に客足が遠のいているのが一目瞭然なのだから。
 もちろん、その原因はある‥‥
「旦那様が、店先で暴れたりするから、客がいなくなるニダ」
 エリザと同じようにちゃぶ台に付き、何喰わぬ顔で茶を啜っている角張った顔をした板前風の格好のアジア人‥‥パクが言い放った。
「あれは酷かったニダ。敵味方入り乱れての大攻防戦で、何も知らないお客さんまで殴られてたニダ。それに旦那様、角材で殴られそうになった時、旅行協会の偉いさんの頭を盾にしちゃいけないニダ」
 それを聞き、ちゃぶ台から離れた場所で、二つ折りの座布団を枕に寝転がって、足つきのテレビでサッカーを見ていた金の長髪の偉丈夫、シュミット吐き捨てるように答える。
「あれは、襲ってきた奴が悪い‥‥それに、あの親父の頭はカツラで、中は鉄製だからどうって事はないだろ。だいたい、殴られたからってあの親父の頭がこれ以上、悪くなるとも‥‥」
「貴方、そんな事を言って。一応、あの人にはお世話になってるんですから‥‥」
 エリザが聞きとがめて口を挟む。だが、
「夜毎、お前や仲居に尻を蹴飛ばされて喜んでる男ようななんだ。角材でやられりゃあ、天にも昇る喜びだったろうさ」
「それは‥‥‥‥」
 エリザは答に詰まる。その男は、エリザの裏商売の方の常連でもあり、だから色々と便宜を図って貰ったりしているのだが‥‥それをシュミットが知っていたのは少々驚きだった。
「妬いてるの? 貴方が望むなら、幾らでも蹴飛ばして差し上げましてよ?」
 嫉妬だったら面白いなと‥‥そんな軽い気持ちで言葉を投げるエリザ。と、
「いらんよ。俺を蹴飛ばしたくてたまらないって奴は外にゴロゴロいるんだ。家の中くらい、のんびりさせてくれ」
「喧嘩ばかりしてるからいけないのでしょう? 自分が好きでしているのですから、泣き言を言うものじゃありませんわ」
 エリザが溜め息をつく‥‥シュミットが暴れてるのは趣味でしかないのだから。それの逃げ場としてしか旅館を見ていないのは問題がある。
 だが、シュミットは茶化すように答えた。
「俺だって遊び回ってるだけじゃない。お前に見せていない顔の一つくらいは有るさ。喧嘩して回るのにも理由がある。お前にはわからんのだろうが‥‥」
「喧嘩の言い訳? はいはい、別に良いですわ。止めたって、止まらない性分なのは、良くわかっておりますから」
 エリザはシュミットの言葉を聞き流す。それを受け、シュミットは小さく息を付いた。
「わかっているなら良い」
 素っ気なくそう言った後、シュミットはテレビ画面の中でゴールを決めた選手に小さく「良し」と呟き、それから思い出したかのように振り返ることもなくパクに言う。
 自分が散々追求されたので矛先を変えようと言う、そんな意図が丸見えだった
「それよりパク、またお前はインチキな料理を出したらしいじゃないか?」
「インチキ!? ウリの料理の何がインチキニダか!?」
 瞬間的に顔色を真っ赤に変え、怒鳴り散らすパク。それに、シュミットは煩わしそうに言った。
「騒ぐな。アナウンスが聞こえん。で、インチキというか‥‥パク。こないだの結婚披露宴での話だが‥‥」
「ああ‥‥あれ?」
 シュミットの指摘に、エリザが嫌悪に眉をひそめる。
 事の始まりは‥‥あるカップルが、結婚祝賀パーティーをしようという事になった事から。
 その会場に我らがシュミット屋を選び、日本式の派手な演出付きの披露宴を行おうという、変わった趣向のパーティとなったのだが‥‥
 パクが作って出した料理。それが問題だった。
 その作り方は、エイの切り身を甕の中に張り付けて一週間ほど放置すると言うツッコミどころ満載の物で、それをあろう事か刺身にして食べる。
 その臭いはものすごく、それを作った時は仲居全員が台所に入るのを拒否した。それをパクは、結婚披露宴の席に出したのだ。
 その場にいなかったシュミットが、惨劇の有様を他人事の様に言った。
「料理が出た途端、花嫁がゲロを真正面に3mも飛ばして、助けようとした花婿も耐えきれずに花嫁の顔面に貰いゲロ。式場のあちこちで同様の光景が見受けられ、しまいにゃ婆さんがぶっ倒れて病院に運ばれた‥‥結婚式の最後に軍の化学防疫部隊が完全防備で調査にやってきたなんてのは、あまり聞かないな。まあ、一生忘れられない結婚披露宴になったのは確実だが」
「ホンオは、冠婚行事には欠かせないニダ!」
 エラを張り、フゴフゴと鼻の穴を広げて言うパク。もちろん、悪びれた様子は欠片もない。
 シュミットは、一応という感じで言っておく。
「そのホンオ‥‥日本料理じゃないよな」
「和食はウリナラ起源ニダ! つまり、ウリナラ料理こそが、真の和食ニダ!」
 やたらと得意そうに言い、勝ち誇った笑みまで浮かべてパクはシュミットを見る。シュミットはただ一言いった。
「死ね」
「ファビョーーンッ!」
 瞬間的に真っ赤になり、奇声を上げるパク。
 こうなると、人の言葉を話すことは期待できない。訳のわからない事を喚き散らしているパクを見、深い深い溜め息をついたエリザは、シュミットに対してきつめの口調で言う。
「そんな、巫山戯た態度をとらないで‥‥少しは真面目に考えて下さいな。確かに、パク料理長の変な料理も、貴方の大暴れも問題だけどそれは今日に始まった事じゃありません。もっと大きな問題がありますでしょ?」
 エリザは真っ直ぐに窓の外を指さす。
 ここからそう遠くない場所‥‥そこに立つ、一件のホテルを。
「問題はあれです」
 英国資本で乗り込んできたリゾートホテル‥‥それは、格式高いイギリスの高級ホテルな気風を売りとし、この辺りに来る観光客を洗いざらい持っていってしまっていた。
 便利さや派手さでは太刀打ちできないシュミット屋‥‥それこそが大問題。
 だが、シュミットは意にも介していない様子で、エリザに言葉を返す。
「そんな事か‥‥大丈夫だ、俺に任せておけ」
「どうしますの?」
 シュミットの妙に自信満々な態度に、困惑しながら聞くエリザ。それに答えてシュミットは、むしろ清々しいとさえ言えるような笑みを口はしに浮かべて言った。
「燃やしてくる。跡形も無くだ」
「な‥‥何を‥‥」
 驚きで言葉を失うエリザ‥‥シュミットが本気なのかどうかはわからない。
 だが、ここで冗談だと思って聞き流したりすれば、本気だった場合に確実に実行に移される。
「冗談ですわよね?」
 少しばかり緊張を要する問い‥‥実際、シュミットならやりかねない。だが、幸いにもシュミットの答はエリザの問いを肯定した。
「当たり前だ。ジョンブルが焼け死ぬのはかまわんが、ホテルを焼いても死ぬのは客と従業員だろう。本当に殺るべき奴らは、イギリスにいるのだからな‥‥」
「やるとか、やらないとかの問題じゃありません。ああ‥‥別に良いですわ。貴方にはもう期待しませんから」
 結局、殺伐とした言い方しかしないシュミットに、エリザは呆れて声を落とす。
 シュミットは軽く肩をすくめただけで、再びテレビでのサッカー観戦に戻っていった。
「本当にどうしましょう‥‥」
 シュミットから視線を帳簿に戻すエリザ‥‥と、その途中で、我関せずといった風に茶菓子の饅頭を貪っているパクに視線を止めた。
「パク料理長‥‥何かお考えは?」
「ウリの意見を聞くとは、さすがに女将さんは見所があるニダ!」
 話を振られ、パクは喜色満面で返事をする。
 その時、口の中から飛び散った饅頭の破片に、エリザは話を振った事を後悔した。
 しかし、パクはそんな事は全く気にせずに言葉を並べ立てる。
「そうニダね‥‥まず、ホテルの前に座り込むニダ。そして、ホテルにどれほど酷い目に遭わされたのかを涙ながらに語るニダ。泣き喚いて、在ること無いこと認めさせて謝罪と賠償をもらうニダ!」
 パクを筆頭に、ホテルのロビーで駄々っ子の様に泣き喚くエリザとシュミット&従業員一同という図を想像し、エリザは頭を抱え込んだ。
 そして、シュミットの容赦のない一言が、ボソリと部屋の中に放たれる。
「物乞いか、お前は‥‥」
「!? fだsdhp:ふぃwtyは:tbんgwlr;kvん;!!」
 直後に、パクは表情を真っ赤にし、訳の分からない言葉で怒りを吐き散らす。
 エリザはそれを止めずに見ていた。
 どうせ、鬱陶しくなったらシュミットが殴ってでも止めるだろうから‥‥しかし、
「本当に‥‥騒がしい。 あ!」
 と、その時、エリザの中に一つのアイディアが浮かんだ。すぐさまエリザは、そのアイディアを検証し、実行可能かどうかをはかる。
 アイディアが固まるに連れ、エリザの表情は笑みへと変わっていった‥‥
「fdfhg−おすf!! はんbfdpkjdぴfhgfsdhふぁしghfsp!!!」
 まだ、怒鳴り散らしているパク。そろそろ、シュミットの鉄拳が飛ぶところだろう‥‥
「テレビが聞こえん!」
「アイゴーっ!!」
 シュミットの拳が振り返りざまに飛び、素晴らしい音と共にパクの頬を貫いた。
 それで動きを止めるパク。エリザは、そんなパクに向かって、ゆっくりめに言う。
「‥‥パク料理長。貴方にちょっと手伝って貰いたいことがあるの」
「あー、何なりと言うが良いニダ」
 シュミットの容赦ない一撃のダメージから、速くも回復しつつあるのか、朦朧とした様子ではあったがパクは答えた。
「あのね‥‥」
 エリザは、ふと浮かんだ壮絶な嫌がらせのプランをパクに話す。しかし、聞くに連れパクの表情は疑問の色に彩られていった。
「‥‥とまあ、そういうわけです」
「ホテルに招待するニダか? まあ、その為の手伝いくらいは幾らでもするニダが‥‥そんな事したらホテルが儲けるだけじゃないニカ?」
 ライバルであるホテルの宣伝をし、観光客を大量に送り込む。エリザのプランとはそう言う物。
 しかし、普通に考えれば、逆じゃ無かろうかと思うのだが‥‥
「任せておいて。きっと‥‥上手くいきますから」
 エリザは、冷たく微笑んでシュミットに言うのであった。

 一月ほどが過ぎた‥‥

「あいむ、ざぱにーずニダ」
「謝罪と賠償を請求しるニダ」
「ニダニダ」
 ‥‥何だか、目の細いエラの張った顔の客達が、ホテルの中に群れていた。
 他人の目を気にする事もなく、ゴミを撒き散らし、唾を吐き散らし、声高に喋り続け、ちょっとでも気に入らない事が在れば大騒ぎをし、あろう事か歩きながらキムチを喰う奴までいる。
 もちろん、格式高いイギリスの高級ホテルな気風など、完全に破壊されていた。
 耐えきれなくなったのか、客の一部はホテルを出‥‥シュミット屋の方にやってくる。
「何だか、酷い事になっているな‥‥」
 窓縁に座り、ホテルの様子を見ていたシュミットが、妙に感心した様子で言う。
 それに、エリザは含みをもった笑みで答えた。
「世界で一番嫌われている観光客よ」
「日本人が嫌われていると聞いた事はあったが‥‥こいつらの話は聞かなかったな」
 シュミットが、どうでもよさげに聞く。
 エリザはシュミットの側に行くと、寄り添うように座って、一緒に窓の外を見ながら答えた。
「日本人はマナーが悪かったりするけど、その分、お金を使うから‥‥でも、彼らはマナー最悪で、お金も使わない。でもお客はお客ですものね。騒動はしばらく続くわ」
 客は客‥‥ホテル側としても、邪険に放り出すわけにも行かないだろう。上手く捌くしかないわけだ。
 エリザはそんな混乱に落ちたホテルが面白くて、華やかに微笑む。
「日本嫌いのあの客達は、絶対にシュミット屋には来ないから、こっちは静かで落ち着ける宿として売り込むの」
 シュミットはホテルに向いていた顔をエリザに向け、ニヤリと笑うと言った。
「恐い女だな‥‥」
 そして、乱暴にエリザを抱き寄せる。
「だが、面白い」
「ダメ‥‥まだ、仕事があります。お預けね」
 エリザは、シュミットの腕をほどき、立ち上がる。シュミットは苦笑でそれを見送り‥‥そして、歩み去ろうとするエリザからまたホテルの方へと視線を戻した。
「エリザ‥‥」
「はい?」
 入口のふすまを開けかけた所でエリザは呼び止められる。そんなエリザに、シュミットは言った。
「エリザも恐いが、ウリナラ民族の方が恐い。ま‥‥お前もまだまだだな」
 しばしの沈黙‥‥そして、エリザは返す。
「‥‥‥‥そうかも知れません。向こうは天然自然の存在。こちらは、それを利用しただけですから」
 窓の外から、キムチの路上販売をするパクの声が聞こえて来た。どうやら、売れ行きは好調のようだった。



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