<総統付き秘書官の復職> PCシチュエーションノベル(シングル) 文:ALF |
執務室‥‥山のような報告書をパソコンで見ながらエリザベート・ルクセンブルクは呟く。 「やられた‥‥」 産児休暇を終え、政治の場に復帰したエリザは、休暇の間に通された予算案の数々を見て頭を抱えていた。 軍事関係の予算が軒並み通されている。 かわりに、エリザが進めていた福祉や教育に関する予算枠確保が全て無期限で後回しにされていた。 「全く‥‥軍人達は壊す事しか考えていない」 隙を突かれた結果に、苛立ちを感じる。しかしそれは、半ば覚悟していた事でもあった。 総統が全ての権力を握るこの帝国では、総統付きの秘書官に大きな権力が与えられている。 自身が戦場に赴いている事の多い総統に代わり、政治を司るという役割を持つからだ。 対抗できるのは軍部の将官達くらいなもの。 彼らは戦場を共にするという意味で総統に近しく、総統の軍事色濃い政策を支えている。 面白い事に、総統の政治の代行者であるエリザは、どちらかというと総統の意志に反し、国内整備をメインとした政策を推し進めていた。 自身の意にそぐわない代行者など、本来ならば解雇されると思うのだが‥‥総統自身が何も言わないので、エリザの地位はそのまま。 エリザが出産で政治の場を引かなければならない事になった時、本来ならば解雇も有り得たのだが‥‥総統の指示により産休が与えられ、代理人を立てる事もなくその地位は維持された。 エリザが総統に理由を聞いたところ、曰く『バランスがとれて面白いから』らしい。 軍事にばかり目がいく自分の欠点を承知の上でか、それともエリザの反発を面白がっているのか、とりあえずエリザは自由な政治行動が許されていた。 だが、ここ数ヶ月はエリザが不在であったため、軍部主導‥‥つまりは総統の意志のままに政治が行われていたわけだ。 だが、戦争だけで国家は成り立たない。それがエリザの考えである。 確かに、早急に国家を育成して他国に対立して行かなければならない今、目的を達成する最短の手段として戦争を進めていく事に反論は出来ない。また、今は一年前の勝利の余韻も残っており、国内の士気も高い。戦争は、国民の生活の一部にさえ成っている。 しかし、それだけではいけない。いつか、国民が戦争に疲弊する時は来る‥‥その時に帝国が大きなツケを払わされるのはゴメンだ。 「仕方がないわね。復帰最初の仕事は‥‥」 エリザはモニターの中、資料が表示されたウィンドウを閉じると、ワープロソフトを立ち上げた。 そして、最初の行にタイトルを打ち込む。『帝国議会総統付き秘書官復職演説原稿』と‥‥ 数日後。 帝国議会議場。エリザは総統付き秘書官として、そこにいた。 総統本人もエリザの復職に一言添える為に来ている。また、エリザが特別に呼んだマスコミが、議場の一角でカメラやレコーダーのセッティングをしていた。 普段から対立している議員達の一団が、不快げに顔を歪めている。他の連中は、概ねどうでも良し。祝福していますと言った顔の奴は、追従者かそれとも内心を隠しているか。味方は居ない、道を同じくする者が居るだけ。 そんな議場の中を見渡し、演壇に立ったエリザは、静かに口を開いた。 「皆さん‥‥私は先日、母となり、そして今日、総統付き秘書官として復職いたしました。これら全ては、帝国の力の賜物と私は受け止めております。国を守る軍の皆さん、そして総統閣下に深く感謝いたします」 これくらいは持ち上げておいてもバチは当たらないだろう。事実でもあることだし。 「そう‥‥私は母になりました。皆さんもご存じの通り、この地球に再び子供達が生まれるようになっています。私達は滅びを免れた‥‥初めてこの手に我が子を抱いた時、私は強くそう感じたのです」 母親である自分を強く印象づける。軍は力の象徴だが、母は生命の象徴だ。 多くの者が望んでいる生命‥‥その象徴を背負うのは、大きな武器となる。 「省みて、長く続く戦争を‥‥皆さんは如何にお考えでしょうか? もちろん、今は戦わざるを得ません。侵略者が去った今も世界には多くの敵が残存しており、また東欧に再び秩序を取り戻す為にも、帝国は退く事を許されていないからです。 私が問いたいのは戦争の是非ではなく‥‥戦地の後方に残される者達の日常の事なのです」 エリザは戦争拡大に肯定的ではない。 しかし、戦う必要があると言う事は理解するし、強固に反対して国を割ってはそれこそ元も子もない。 だから、戦いは肯定する。そして、視点を別に変えていき、エリザはついに本題に入る。 「軍事力の復興は素晴らしい速度で進んでいます。しかし現在、医療、教育、福祉といった生活を支える部分の復興は遅々として進んでいません。 せっかく子供を産む事が出来るようになったのに産婦人科医も病院が少なく、また子供達の将来について考えた場合にも軍事教育機関であるユーゲント以外に行く道がないのはやはり問題だと思われます」 堂々としたエリザの主張に議場がざわめく。エリザはチラと総統に目をやった。 総統は薄く笑う。先を促すかのように。 「考えてみて下さい。戦地の兵士の方々は何を考えて戦っているのか‥‥理由は多々あるでしょうが、その内、帝国に残してきた愛すべき人々を守る為、幸せになってもらう為というのは一つの理由ではないでしょうか? 母となった今、子供を為ならば私は戦うでしょう‥‥ですがそれは、子供が‥‥愛する者が幸せになると信じるからです。 ならばその愛する者が幸せになると信じた事‥‥その事を、国家が保証しなくてどうなるのでしょう? ですが、帝国は国民を幸せにする為の下地の整備が、まだまだ遅れていると言わざるを得ません。 私達は戦場ばかりを見過ぎた‥‥兵士の方々は、武器だけで戦うのではない。その事に私は、私自身が母になる事によって気付きました。 生きているだけでも幸せな時代‥‥それはもう過ぎました。次はより良く、より幸せになる努力をする時ではないでしょうか?」 訴えかけ、そしてエリザは高らかに宣言する。 「総統付き秘書官として復職した今、私は帝国国民により良き生活を与える事を公約とし、その為に政治に励む事をここに宣言します!」 演説の終わりに、拍手が鳴り響いた。 まあ、一部の議員は拍手の振り程度なのだろうが‥‥ともかく、エリザの宣戦布告は終わったわけだ。 これは、マスコミを通じて帝国国民に知れ渡るだろう。そうなれば、エリザの意見を支持する動きが必ず出てくる。 より良い生活を‥‥それが今の国民の願いである事は確実なのだから。 「さあ‥‥どうするのかしら」 エリザは総統の様子を見た。 総統‥‥彼は気にくわないだろう。 予算が無限ではない以上、削るとしたら軍事予算を削るしかないのだから。それは、彼の望みではない筈。 総統は動かない。何かを考えるかのように、じっと沈黙を守る。ただ一瞬、エリザの目を総統の鋭い視線が射抜いたような気がした。 次はこちらの手番‥‥彼が言外にそう言っているのだと悟り、エリザは微笑む。 エリザは従属しない。総統もそれを求めない。 恐らく、気を抜けばエリザのこの演説で動かした世論さえ、覆されてしまうだろう。 これは真剣勝負なのだ‥‥自分の理想国家を作るという、壮大にして決して負けられないゲームの‥‥ エリザは演壇の上から、ゲーム盤の向こうにいる総統をじっと見つめていた。 「次の手をどうぞ‥‥総統閣下」 総統は、ゆっくり立ち上がり、演壇まで歩み寄ると、エリザからマイクを奪って言う。 「帝国は1年以内にドイツビールの復活を約束する。秘書官の当面の仕事は、ドイツビール再生産事業となるだろう」 エリザにとって悔しい事に、拍手はエリザよりも総統の方が多かった。 |
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