新米騎士団長物語


  「ひさしぶりー」
ランス・マクスウェルはそう言いながら、なじみの酒場「金梟亭」に入っていった。時は騎士団交流のための会食が終わってから2日後のことである。時間が遅いせいか、いつもにぎわっている「金梟亭」も、人影はまばらであった。
 その声に反応して、主人のバート、女将のマーサ、そして二人の愛娘アリサがそろって振り返る。
 「あらー、ランスじゃないの、本当に久しぶりね。出世したって聞いたわよ!」
最初に口を開いたのはマーサ。昔はものすごい美人だったらしいが、今ではすっかり貫禄を身につけている中年の女性だ。ランスはそれを聞いて、ちょっとだけ微笑んで見せた。
「うん、まあね」
「巫女様直属の騎士団長様なんだろう? すげーよ」
バートが大げさに驚いてみせたが、その後酒瓶のいっぱい入った棚から大きめの瓶を取り出した。
「こいつは俺のおごりだ。出世祝いだよ、遠慮なく飲んでくれ」
それは上等のドラゴンキラーだった。
ランスは顔を出すだけのつもりだったため、酒瓶を見て躊躇した。
「挨拶だけのつもりだったんだけど。明日も早朝から訓練だし…」
「そんなこと言わないで、ね」
鼻にそばかすを浮かせた愛らしい娘アリサがそう言いながら、ランスを無理矢理カウンターの席に座らせる。
「巫女様の話とか聞きたいな、いいでしょ」
アリサは母親譲りの甘い声でねだった。ランスはドラゴンキラーの瓶とアリサの顔を交互に見た。それから、分かったよと言って、ドラゴンキラーがなみなみとつがれたグラスを受け取ったのである。

 ここ数ヶ月キルデアに行っていたため、ランスは酒と無縁の生活を送っていた。特に弱いわけではないが、酒断ちが長かったせいか酔いが回るのも早かった。
 本当なら、挨拶だけして自宅で食事をするつもりだった。しかし、成人してからずっといろいろな意味で世話になってきたバートのおごりをむげに断るわけにもいかなかったし、慣れない「団長」という仕事にいろいろストレスを感じていたのも事実だった。ランスとしては、キルデアを守れなかったという悔恨の気持ちから、自分がライオンハートナイツ団長となるのは果たしてふさわしいのだろうかという気持ちと、生き残ったからには何かをなさねばという気持ちの間で板挟みになっていたのだ。しかも、それだけではない。あの聖樹騎士団団長ハウエル・ガーナー、あの男のおかげで、ランスのみならず団員皆が不愉快な思いを味わっていた。
 嫉妬と羨望からあのようなことをするのは分かる。だが、今はそんな子供のようなことをしているヒマはないのだ。シルバーフロストの脅威。あいつらは本当に分かっているのか?サーフェイスに初めて対峙したときのことをランスは忘れない。ルーンアームナイトである自分ですら、クイーン級のメタルマンを前にしたときはあまりにも無力であることを悟ったのだ。だからこそ、皆で連帯しなければ勝利はない。シルバーフロストに負けることはただ侵略されるだけではなく、徹底的に滅ぼされるということだということが、なぜ理解できないのだろう。

 「ちくしょう」
ランスは酒の勢いを借りて小声でののしった。そばに座っていたアリサが、ランスの表情に少しおびえたようだった。
「どうしたの? 怖い顔をしてるよ?」
「あ、ごめんよ。脅かすつもりはなかったんだ」
ランスは、女性を口説くときに使う極上の笑みを浮かべた。
「アリサもそろそろ彼氏ができるお年頃じゃないのかい?」
「やだー」
アリサはころころと笑った。
「まだなのよ。だってパパの目が厳しいんだもの。あたしに男の人が話しかけるだけで怖い目でにらむんだから」
そうなのかい? とランスがバートに問いかけると、バートは肩をすくめて笑っただけだった。すると、そこに店の後かたづけを終え、モップを手にしたマーサがやってきた。
「そう言えば、ランスに恋人がいるって噂を聞いたのよね」
ランスはそれを聞いて口に含んだ酒を吹き出しそうになった。
「私に恋人ッ!?」
「あら、違うの? 小柄なエルフの娘さんだって聞いたんだけど。さすがのランスも物好きだなって話で持ちきりだったわよ」
「違う!」
ランスはテーブルを拳でどんとたたいた。
「メルが私の恋人のはずがない!!」
あまりにも力強く否定するので、マーサがぷっと吹きだした。
「そんなに否定すると逆に怪しまれるわよ」
「だーかーらー、違うって」
「はいはい、分かりました」
マーサの口調は聞き分けのない子供をなだめるかのようだった。

 それからしばらくしてランスは金梟亭を後にした。ドラゴンキラーの酔いはまだ醒めていないが、今帰らなくては明日の訓練に遅刻してしまう。
 酔い覚ましのため、わざと遠回りして歩く。こんな時間外をほっつき歩いている者はほとんどいない。涼しい夜風がランスの顔の火照りを少しずつ冷ましてくれる。
(メルが私の恋人だって!?)
さっき言われた事を思いだし、ランスは憮然とする。
(キスすらしたことないのに、恋人だなんて言われてたまるか)
噂を立てられることは慣れているが、事実に反する事を噂されるのはなんとなく釈然としないのだ。
(そりゃ、あのときつい抱きしめてしまったけど)
ランスはメルと再会したときの事を思い出した。エルフとしても小柄なメルは、ランスの腕の中にすっぽりとおさまってしまった…。
(突然だったから、あのときはびっくりしただろう。悪い事したかも…)
ランスはメルの硬い表情を思い浮かべ、ちょっと後悔する。あのときはメルが生きていたのが本当に嬉しかったのだ。あんなに華奢なメルの身体では、メタルマンと遭遇したら決して無事では済まないだろうから。罪の意識も手伝って、突然の下宿の申し出も承諾してしまったのだが。
(しかし…メルは私の事をどう思っているんだ?便利な大家くらいにしか思っていないんだろうか…)
そう考えると、ランスは自分の「恋愛の達人」としてのプライドが傷つけられたような気がした。
(別に「好きだ」とか言ってほしい訳じゃないんだ。単に利用されるだけなのはおもしろくないだけなんだよ!)
男女の仲はギブアンドテイクと思ってきたランスとしては、利用される一方なのは理不尽な気がするのだ。
(メルが私の地位を利用するならそれなりの見返りが…)
そう思ってから、ランスは思い切り自己嫌悪に陥った。
(メルは命をかけていろいろ協力してくれているじゃないか。単にキスしてくれないとか、そんなことで拗ねるのは大人げないぞ。私とした事が情けない…やれやれ)
人肌が恋しくなっているのは事実である。キルデアに出発する一月前に最後の恋人と別れて以来、女性とはご無沙汰している。しかし、巫女直属の騎士団団長になったからには、今までのように気楽に女性と浮き名を流すわけにもいくまい。
(偉くなるって事は不便になるって事か…)
ランスは短い髪を手で整えると、くだらない思考を振り払うかのように首を振って、家路を急いだ。

 自宅にたどり着いたとき、寝ている者を起こすまいとこっそり裏口から入ったつもりだったが、そこには「ばあや」が待ちかまえていた。
 ばあやとは、長年マクスウェル家に仕えてくれている家政婦ナディアのことだ。ランスの母が亡くなったとき、乳母としてランスの面倒を見てくれていたので、それ以来ランスは習慣で「ばあや」と呼び続けている。一方のばあやもランスの事を「坊ちゃま」と呼び、それ以外の呼び方をしてくれない。ばあやにとって「旦那様」とはランスの父の事であり、ランスはいくつになっても「坊ちゃま」なのだ。
 「坊ちゃま、お帰りなさいませ」
言葉は丁寧だが、目は笑っていない。仕事以外で午前様だといつもこうだ。ランスは内心ため息をつきながら、なるべく優しく言う。
「ばあや、寝ていて良かったんだよ」
「坊ちゃまがお帰りになるまで戸締まりできませんので」
ばあやはぴしゃりと言った。ランスは肩をすくめる。
「悪かったよ。金梟亭に久しぶりに行ってたんだ」
「道理でお酒臭いわけですね」
「まだ臭うかい?」
「ええ、ぷんぷんと」
ばあやは鼻をしかめた。ランスはばあやには逆らわず、とっとと風呂に入る事にした。明日は早い。食事を用意してくれる者にはおとなしく従うに限る。

 翌朝、幸い二日酔いにはならなかった。さすが上等なドラゴンキラーである。目覚まし代わりにばあやのいれてくれた香草茶を飲みながら、下宿人であるメルもディアも起きていない事に気が付いた。だが、仕方ない。メルは訓練になど参加するはずがないし、ディアだって正規の騎士団員ではない。結局一人で出かける事にした。 果てしなく続く事務処理を片づけ、帰宅できたのはこれまた深夜。仕事が深夜までかかるのは今に始まった話ではないが、ただ書類に目を通してサインをするためだけに居残らなければならないというのは、ばかげているような気がした。
(平団員の方が絶対楽だよ、やれやれ。誰か私の代わりにサインしてくれないかな)
と、他人には聞かせられないようなことを思いながら家に帰ると、やっぱりばあやが出迎えてくれた。なぜか機嫌がとてもいい。
 その理由がやがて判明した。なぜか部屋の中に鳥かごがあったのだ。中には孵化したばかりの小鳥が一羽。マクスウェル家の下宿人がさらに増えたのだった。
「どんどんにぎやかになりますね。ディアちゃんは本当にかわいいし、メルさんもお料理が得意なんですよ」
ばあやはうきうきしている。ランスは生き生きとしているばあやの顔を見て、メルとディアを下宿させたのは正解だったな、と思わずにはいられなかった。小さなくちばしを羽に突っ込んで寝入っている小鳥をのぞき込みながらなんとなく暖かい気分になったのである。

 だが、翌日は最悪の一日となった。団員は聖樹騎士団の者たちと一触即発の状態になるわ、そのため仕方なくハウエル・ガーナーの元を訪れたところ、ねちねちと嫌みを言われるわ、ランスの血圧は上昇しっぱなしだった。自分の方が新参者だから我慢しなければと心に言い聞かせていなかったら、その場でぶち切れていたことだろう。
 本当ならまだ仕事は残っていたのだが、いらいらかっかして仕事に手が着かず、もう帰る事にした。こんな表情を沙織に見られるのもいやだったからだ。
 家に帰ると、おいしそうな食事の香りがランスの鼻孔を刺激する。しかし、それどころではなかった。食卓に着くなり、テーブルを拳でがんがんと叩きながら
「もうなんなんだアイツらは!!」
と叫んでしまった。このときとばかりに愚痴が口から飛び出してくる。情けないと思いつつも、もう我慢の限界だった。だから「いいわ。手伝ってあげる」というメルの言葉にランスは心底驚いた。メルが自分のために怒ってくれているというのが、不思議な心持ちになったのである。それを嬉しいと言ってしまうと語弊があるかもしれないが、ランスはメルを新しい気持ちで見つめることになったのである。

 「…私の事を愛しているはずなら、この声がきこえるはず…」
この声が聞こえたときはひっくり返りそうになったし、内容そのものは非常に腹立たしいものだったが、メルがたとえ冗談であっても、そういう言い方をしてくれるという事は、自分に対してある程度注意を払ってくれているということは分かったので、ランスとしては十分だった。メルが自分の事を好きだとか、気にかけてくれているなんてうぬぼれるつもりはさらさらなかったが、逆に自分はメルの事をある程度意識しているのだ、ということが分かったのである。
(変人の仲間入りも案外いいかもな)
ランスは執務室の立派な机の上に長い足をだらしなく投げ出した。うすらぼけ聖樹騎士団どもは許し難かったが、生きていればいい事もきっとある。ランスはそう思いたかった。


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