ユージェニーがラファルツ工房を旅立ったときからさかのぼって1年半ほど前のことである。ディノ・グランリードの元を訪れた一人の女性がいた。ディノの元同僚ヴィクトリア・アシュレーである。
 ラファルツ工房を訪れた本来の目的は機甲兵を自分の部隊のために引き取りに来たのだったが、出発の時間までまだ余裕があったため、ディノのところに油を売りに来たのだった。
「やあ、久しぶりだな」
ヴィクは屈託のない笑顔でディノに挨拶する。ディノは一年ぶりに会うヴィクを品定めするかのようにしげしげと眺めた。
「見ないうちにさらに筋肉質になったような気がするんだが」
久しぶりの挨拶にしては失礼な言いぐさである。だが、ヴィクは嬉しそうに笑っただけだった。
「ああ、その通りだ。最近トレーニングの時間を増やしたからな」
「頼まれたって腕相撲はしないぞ」
「もう黒星は増やしたくないってか」
にやりとするヴィク。

 ディノは暇そうにしているヴィクを連れて、工房を案内することにした。その途中で、ちょっと離れたところで機甲兵用武器を鍛えているディノの甥イアンに出くわした。イアンの姿を認めたヴィクが手を振りながら叫ぶ。
「元気だったか?」
イアンはヴィクの姿を認めると目を丸くした。
「あれー、ヴィクトリアさんだ! お久しぶりでーす。来てたんですか? ボクはいつも元気ですよー!」
手を振り返しながら朗らかに答える。ヴィクは感慨深げに微笑んだ。
「生き生きしているようだな、なによりだ」
「…あのときは心配かけたな」
ディノが言うと、ヴィクは肩をすくめた。
「なあに、機甲兵操縦に長けた者が必ずしも機甲兵乗りに適している訳じゃない。機甲兵乗りに必要なのは鋼の心だからな」
まるで自嘲するかのように呟く。
 あのとき、とはイアンが除隊したときのことである。今は無邪気に笑っているあの青年が、一時はギガンテックになるために入隊し、戦闘にも参加していたことを知る者はラファルツ工房ではあまりいない。

 生来器用だったイアンは機甲兵乗りとしての素質はあった。実際、同期の誰よりも巧みに操縦することが出来たのである。不幸にもそれ故早々に実戦に投入されてしまった。その結果優しくナイーブだったイアンの精神はずたずたになってしまった。
。戦闘に参加した新兵が、一時的にショックを受けることはある。だが、彼の場合、機甲兵を操縦した結果敵とはいえ人の命を容赦なく奪っていくという現実を受け入れることができなかったのだ。ショック療法と称して上官がさらに彼を実戦参加させようとしたのだが、普段の彼からは想像も出来ないくらい激しく抵抗し、危うく軍法会議にかけられるところまでいってしまった。たまたまその場面に出くわしたヴィクがその上官を巧みに説き伏せ(この辺は長年の人間関係が物を言うようだ)、さらには遠くにいたディノと連絡を取って、イアンを除隊させるという穏便なやり方で事態の収拾を図ったのである。
 「あのときはどうなることかと思ったが、ここに来て正解だったようだな」
ヴィクは目を細めた。ディノは頭を下げた。
「君の尽力には本当に感謝している」
「自分はたいしたことなどしていない。長年ギガンテックをしていれば、向いている人間とそうでない人間の区別くらいつくようになるだけだ。だが、あの男には分からなかった、ただそれだけのこと。だが、イアンも軍を辞めてもなお機甲兵に関わり続けるとはある意味因果だな」
「本人もそれは分かっていると思う。だが、あれだけ辛い思いをしても機甲兵への愛着を捨て去ることができなかったらしい。考えてみれば幼いイアンに機甲兵への憧れを植え付けてしまったのは私だ。責任は感じている…」
「機甲兵を見ても心をふるわせることができないヤツだっている。ディノ君がイアンのことで責任を感じる必要はない。もともとそのように生まれついたのだと自分は思うぞ。それに…あんな風に見えてもイアンは案外強いかもしれぬ。鋼の心よりも、柳の枝のような心の方が実は強かったりする場合もある」
「鋼の心の持ち主が、いつまでもそうとは限らないぞ」
ディノがぼそっとつぶやく。ヴィクがちょっと驚いたように傍らのディノを見た。それから合点したように、また前を向く。それからしばらく沈黙した後、こう言った。
「自分もそうだ」
「…?」
「そろそろ除隊するつもりでいる」
「なんだって!?」
さすがのディノもこれには驚いたようだった。ヴィクはふふっと笑った。
「故郷にいる親父殿が自分に帰れとうるさくてかなわん。長年親不孝をしたことだし、そろそろ帰ろうかと思っているのだ」
「ちょっと待ってくれ、確か前に帰るところはないって言ってなかったか? だから、休暇になるとしょっちゅう家に顔出してたじゃないか!」
「はは、そうだったな」
ヴィクは前髪を手でかきあげた。
「あれはウソだ。騙していて悪かった。新婚カップルの家に邪魔しに行くのが楽しくてなあ」
「おい!」
「冗談だ。あのときは、確かに故郷を捨てたつもりでいた。ここタルザニアの大地に骨を埋めるつもりでいたのだ。だが、血のつながりは断ち切れぬ、ということがよく分かった…」
「言っている意味がよく分からないのだが…」
「ディノ君、自分はエクシズ生まれなのだよ」
「!!!」
ディノは絶句した。だが同時にヴィクにかすかに感じていた違和感が、ようやく分かったような気がした。
「…そんなことを私に話してもいいのか?」
平静を装いディノは言った。ヴィクは肩をすくめる。
「ディノ君だから言うのだ。君はタルザニアに来たばかりで不安だった自分と親しくしてくれた大切な友達だった。別に自分はエクシズのスパイなんかじゃない。自分の父方の祖母はギムリアの名門軍人の出身だった。自分はどうしても機甲兵乗りになりたくて、そこの家の養子にしてもらい、入隊したのだ」
「にわかには信じられない」
「我ながら無茶な話だ。エクシズにいる限り、機甲兵乗りにはなれないと思ったのだ。実際その通りであろう?」
「それは確かに間違いないが…。場合によっては故郷と戦う可能性だってあったはずだ」
「自分のことを傭兵だと考えればさほど違和感はない」
ヴィクはさらりと言った。ディノは理解できないというように頭を抱えたが、ヴィクは笑っただけだった。
「今までそうやって割り切って戦ってきた。幸いエクシズと戦うこともなかったが。だが、親父殿からの再三の手紙ですっかり心がとろけてしまったというわけだ」
「そうか…」
ディノはそれ以上何も言わなかったが、ヴィクが「心がとろけた」と言った意味は痛いほどよく分かった。心がとろけたギガンテックは第一線で戦い続けることは出来ない。
「今、除隊について上官と調整中だ。突然辞めると言ったので、さすがに周囲は困惑したようだ。嫁に行くのかなんてバカなこと言われたぞ」
思わずディノは吹き出してしまった。ヴィクはそんなディノの脇腹にひじ鉄を食らわした。うぐっとうめいて一瞬しゃがみ込むディノ。こんな様子は工房の連中には見せられない。威厳が台無しだ。
「家事などいっさいできぬ自分を嫁にもらおうなど言う奇特な男などおらぬ。自分には女としての魅力はいっさいないであろう?」
まるで自慢するかのように言いながらヴィクは自分の胸を見下ろしたが、ディノは相づちを打つことは出来なかった。これ以上、脇腹のあざを増やすわけにはいかない。痛みをこらえつつ曖昧な笑みを浮かべるディノ。
 それからしばらく二人はとりとめのない雑談を交わした。

 出発の時間となったのだが、全然準備が整っていないらしかった。調整が難航しているらしい。
「出発は明日に延期だ!」
嬉しそうに決定する責任者ヴィク。それを聞いたディノは頭が痛くなった。ヴィクが考えていることは一つしかないからだ。案の定浮かれた口調でこう言った。
「さあ、飲みに行こうか♪」
「ラファルツにはいい酒場はあまりないぞ」
「じゃあ、君の家で飲もう! 久しぶりにエオ嬢にも会いたいぞ」
「だめだだめだ。エオの前で君が酒を飲む姿は見せられん。教育上悪いからなあ」
「なんだ、その『教育上悪い』とは?」
ヴィクはむくれて見せる。だが、さすがのディノもこればかりは妥協できなかった。
「ラファルツで一番いい酒場に連れて行ってやる。だから、絶対にダメだ!」
精一杯の威厳を発揮してぴしゃりと言うディノ。だがヴィクはばんばんとディノの背を叩いた。
「君の言いたいことはよーく分かった。年頃の娘さんのいるご家庭に妙齢の独身婦人を連れては行けないってことだな」
(違う! 絶対に違う!)とディノは心の中で呟いたが、ヴィクには逆らわないのが一番だ。結局、やけくそ気味にラファルツで一番高級と言われている酒場にヴィクを案内した。どうせ、ヴィクのおごりなのだから。

 飲みながら、娘と父親の微妙な関係の話をしたような気はする。だが、酔った後のことはほとんど記憶になかった。もしかしたら、敢えて消してしまったのかも知れない。
 しかし、何が起こったかは周囲の話からだいたい分かった。二日酔いのため頭はがんがん痛むのだが、次から次へと噂の真偽を確認しようとする連中がひっきりなしにディノの元を訪れたのである。
「ついにディノさんも恋の予感ですか?」
なんていうのはかわいい方で、ヴィクと二人でダンスを踊っていたとか、肩を組んで調子っぱずれの歌を唱っていたとか、ヴィクがディノに抱きついていたとか、襲いかかっていたとか、どこまで本当なのか分からないながら、にぎやかに飲んでいたことだけは間違いないようだ。ディノは正直耳をふさぎたくなったが、ヴィクが鍛え抜かれた肉体美を披露したという話だけは聞かなかったので、ほんのちょっぴり安堵したのは秘密のことである。
 その頃もう一人の当事者のヴィクは元気いっぱい機甲兵積み込みの指図をしていた。妙な酒癖で周囲をトラブルに巻き込む割には、二日酔いはしないのが不思議である。ヴィクの酒癖を知るイアンだけは、何も言わずに叔父に二日酔いに効くハーブティをそっと差し出したのだった。

 別れる間際、ヴィクはディノにだけ聞こえるように言った。
「たぶん、もう相まみえることはないと思う。本当に残念だ。自分は君と友人でいられたことを誇りに思う」
そう言って手を差し出した。ディノはその手をかたく握った。
「こちらこそ長い間本当に楽しかった。いろいろと世話になったし…。君のその…酒癖がなければもっと良かったんだが」
「すまんすまん。あればかりは直らないようだ。アル(ルージョン)には迷惑をかけてばかりいる」
ヴィクはわははと豪快に笑った。
「ときどきは手紙を書くから、受け取り拒否しないでくれ」
「当たり前だ」
二人は、男同士がやるようにどつきあってから、最後に軍隊式の敬礼で別れたのだった。

 そして、1年半後。ディノはヴィクにユージェニーを託した。その後の話はこれから語られることだろう。

- The End -


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