「マスター、起きて下さい、起きて下さいってば!」
聞き覚えのある声でヴィクトリア・アシュレー(ヴィク)は目が覚めた。自分は宿屋の床にひっくり返っており、礼儀正しいお小姓といった格好をしたルージョンのアルバート(アル)が上からのぞき込んでいる。
「なんで自分はこんなところに寝ているのだ?」
「酔っぱらったからです」
冷たいアルの返事。
「まがりなりにもマスターは女性なんですから、せめてお召し物くらいは身につけていただかないと」
「ん?」
ヴィクはそのとき初めて毛布以外自分の身を覆っているものがないのに気が付いた。
「あー、またやってしまったか」
たぶん、暑い暑いと言いながら全部脱いでしまったのだろう。脱ぎ散らかっているはずの衣服はすべてアルがまとめてくれたようだ。ベッドの上にきちんと畳まれ置いてある。
「いつも悪いな、アル」
ヴィクは頭をかきながらそう言って、おもむろに立ち上がり着替え始めた。その鍛え抜かれた身体には無駄な贅肉はいっさいついていない。胸も申し訳程度にふくらんでいるだけだ。第一、そのきびきびした動作は男性そのもので、ヴィクの裸を見ても色っぽいと感じる異性は100人中99人いないだろう。
「悪いと思うなら、少しはお酒を控えて下さい。酔いつぶれたマスターをここまで連れてくるだけで僕は精一杯なんですから!」
アルはぴしゃりと言ったが、ヴィクに反省の色などあるはずがない。
ヴィクは1年前から修行の旅と称して、アルと共にエクシズ中を放浪している。
もともとはエクシズの名門軍人の家に生まれ、兄たちに混じって厳しくしつけられた。その兄たちは現在エクシズの守衛軍に所属する軍人として活躍しているが、どうしても機甲兵操縦がしたかったヴィクは父リチャードの反対を押し切り、父方の祖母でタルザニアから嫁いできたマリーアのつてを頼ってタルザニア軍に所属した。この時点でほとんど実家とは絶縁状態となっていたのだが、それから20年近くが経過したちょうど1年前、年老いた父からひどく弱気な手紙が届いた。それにほだされたヴィクは思い切って軍を除隊、父の元に戻ることを決意したのである。もちろん軍が簡単に辞めさせてくれるはずがなかった。それなりに高い地位についており、ある程度の機密に関わっていたヴィクを、ああそうですか、と手放すはずがない。しかし、理解ある上司に恵まれ除隊することができたのだった。
そうやってなんとか帰国したヴィクだったが、父親と久しぶりに再会し、呼び戻された訳を知って激怒する。なんと父はヴィクに縁談を進めてきたのだった。
「わしが死ぬ前にお前の子の顔が見たい。早くいい縁談を見つけてくれ」
父は祖母マリーアの血を濃く受け継ぎラグーン人というより、ギムリア人という感じだった。兄たちは皆母に似て赤毛だったのだが、ヴィクだけはその父そっくりの銀髪に緑色の瞳をしており、タルザニアでもギムリア人として通してきた。父はそんなヴィクのことがたいそうお気に入りだった。なんとしてでもエクシズに連れ戻したかったのだろう。だが、彼は作戦を間違えた。娘の性格を見誤ったのだ。「そばにいてくれ」と素直に言えば、ヴィクだって喜んで従ったはずなのに。
そんなばかげた理由であんなに苦労して軍を除隊してきたのか。自分は今まで築き上げてきたキャリアを愚かにも自ら手放してしまったとヴィクは激しくショックを受け、哀れな父親に対して絶縁宣言を突きつけた。父のことは好きだったが、生物学上女でも、心はすっかり男(正確に言うとオヤジ)化しているヴィクにとって、子供を作れと言われることくらい我慢ならないことはなかった。自分は子づくりの道具ではないのだ!
若い頃は確かに好きな男もいた。これでも複数の恋愛経験はある。だが、強くなることに熱心だったヴィクはそういう男たちの、女らしくあってほしいという願望を叶えることは出来ず、恋はいつも終わりを迎えた。30代に入ってからは、恋愛などは自分には向いていないと悟り、ますます精神の男性化に磨きがかかっていった。
父はそんな娘の変化を知らなかった。エクシズを出ていった頃の少女らしさの残っていた娘のままだと思っていたのだ。「もう戻らない!」という宣言にがっくりと肩を落としている父を残して、ヴィクは颯爽と実家を去っていった。
とはいえ、これからひとり(プラス1ルージョン)で生活していかなければいけないのだ。いくら兄たちのコネがあるとしてもいまさら守衛軍には入れないだろう。スパイ扱いされてはかなわないし、第一守衛軍は海軍。あまりにも違いすぎる。幸い長年蓄えていた貯金はある。しばらくは修行して、傭兵として活動するのもいい。ただ、そうなると自分自身の機甲兵が欲しくなる。
(まあ、ふらふらしているうちになんとかなるだろう)
この辺は根が楽天的なヴィクならではの発想である。タルザニア軍に所属していたのも、皇帝に対する忠誠心があったわけではなく、単に機甲兵に乗っていたかったからだ。戦乱の世の中でもなんとか渡っていける自信はあった。
「これからどうされますか?」
支度を済ませたヴィクにアルが尋ねてきた。ヴィクはしばらく考えた。
「うーん、そうだな、サン・ガーリアにでも行ってみるか」
「国立魔術錬金術探求学院にでもご入学されるのですか?」
「馬鹿者!なぜ自分が今更錬金術を学ばねばならんのだ。ほら、お前も覚えているだろう、予言者のマルガレーテ。あの娘が今在学中らしい。先日あそこの遺跡に機甲兵が眠っているとかいう噂を耳にしてな、自分も行ってみようかと思っているのだ。うまく機甲兵が入手できれば願ったり叶ったりであろう」
「そううまくいきますことやら」
いつでもアルは冷静である。ヴィクはアルをにらみつけた。
「余計なお世話だ! とりあえず試してみなくては成功するかどうかなど分からん」
「確かにおっしゃるとおりです」
アルは冷めた口調で答えた。
「ただ、マルガレーテ様の前でお酒を飲んで恥をかかないようにしてくださいね。あの方はマスターと違って慎み深いお方ですから」
「なんだと、自分が慎み深いないとでも言いたげだな、アル?」
「そう解釈してくださって結構ですよ」
つんと答えるアル。ヴィクはアルの頭をげんこつでぽかりと叩いた。
「この馬鹿者。マスターを立てなくてどうするか!」
「暴力反対です。立てて欲しかったらそれなりに行動してくださいませ」
アルは負けずに返した。見た目12才の少年に言い負かされ、ヴィクは黙り込むしかなかった。
かくして、ヴィクとアルはサン・ガーリア目指して旅立ったのである。