「ディノ君、最近結婚したんだって?」
と背後から話しかけられたディノが振り向くと、そこには同じギガンテックのヴィクトリア・アシュレーが満面の笑みを浮かべながら立っていた。1年前までは同じ部隊に所属していた同僚だったが、ヴィクトリアが対モンティン部隊に派遣されたため、最近はご無沙汰していたのだった。
「ああ…」
「美人の奥さんだって聞いたぞ。この果報者め!」
ヴィクトリアに肘で脇腹をぐりぐり押され、ディノは声にならないうめき声を上げた。ヴィクトリアのバカ力と来たら本当にしゃれになっていない。これでも一応は生物学上女なのだから不思議だ。ディノは深呼吸をすると、なんとか話題を変えようとした。
「ヴィクはいつ戻ってきたんだ?」
「つい3日前だ。せっかく長期休暇をもらったんだが、自分には行くあてもないしな、せっかくだからこっちに遊びに来たのだ」
「こんな僻地ではなく、たまには故郷に顔を出せばいいだろ」
そうディノがなにげなく言うと、ヴィクトリアはなぜかしかめっ面をした。
「自分には帰れる故郷などないからな」
ディノは驚いた。一度噂で、ヴィクトリアは誉れ高い軍人の一族出身だと聞いたことがあったからだ。実際入隊する前から武術の基礎はしっかり身につけていたようだ。
だが改めて考えてみると、謎が多い人物でもある。生粋のタール人ではないことは明らかだったし、発音にもかすかな訛りはある。だが、疑り深いディノもヴィクトリアに対して疑問を追求する勇気はなかった。4年前腕相撲で負けたことで、未だにディノはヴィクトリアに弱みを握られているようなものだったからだ。そのためヴィクが「今度奥方に会わせてくれ」と言い出したときも、拒否権はなかったと言っていい。ちなみに雪辱戦を誓ったディノは、1年前ヴィクトリアが異動する前さらに腕相撲を挑んだが、これまたあっけなく敗北してしまったのだった。
ディノが非番の夜、予告通りヴィクトリアは一人でディノの新居を訪ねてきた。おみやげらしき高級ブランデーの瓶を右手にしっかりと握りしめている。
「初めまして、ヴィクトリアさん、お噂はかねがねうかがっていましたわ」
ディノの新妻アイラサウラがぺこりと挨拶をすると、ヴィクトリアはわははと笑った。
「どうせ、ろくでもない噂なんだろう。あ、そうそう、自分のことはヴィクと呼んでくれ」
「はい、ヴィクさん」
アイラはにっこり微笑んだ。
夕食後、早速ヴィクトリアは持参したブランデーのボトルを開けた。
「今日はぱーっと行くぞ! いいか!」
「…ああ」
気乗りしなさそうなディノの声を聞いて、ヴィクトリアはディノの背中を遠慮なくばんばん叩いた。
「ったく、軍人のくせに元気のない返事するな! しゃきっとしろ!」
「ヤーヴォール(了解)」
ディノはやけっぱちで答えた。これから展開されるであろう光景が容易に予想がついたからである。
最初はアイラとのなれそめ話とかを白状させられた。普通は他人にそんな話しないのだが、ヴィクトリアの妙に迫力のある緑の瞳で見据えられると、蛇ににらまれた蛙のような心境に陥ってしまうのだ。
「良かったな、いい奥さんもらえて」
「そうだな」
背後からのアイラの視線を感じつつ、ディノは頷く。それからディノも酒の勢いを借りて、ヴィクトリアに聞いた。
「で、ヴィクはどうなんだ?」
「は?」
ヴィクトリアは大げさな仕草で、聞こえないというように耳に手を当てた。それからぼそっと言う。
「自分に結婚などできるはずがない」
「やってみなくちゃ分からんだろ」
「相手がいないのにできるかッ!」
「いないのか?」
ヴィクトリアは肩をすくめた。
「好きなヤツは二人ほどいたが、一人には振られ、もう一人はとうの昔にあの世に旅立った」
「…そうか、すまなかったな」
「そんなことで謝るな! 相手が軍人だから仕方あるまい。あのときは自分があの世組だったかもしれなかったのだ」
ヴィクトリアは気にしていない振りを装っていたが、そのときぐいとあおった酒の量を見て、ディノは彼女の知られざる一面を見たような気がした。
それからしばらく二人は他愛のない会話を交わしていたが、やがてヴィクトリアが「暑い」と騒ぎ出した。ディノはぎょっとして反射的に逃げようとした。ヴィクトリアの酒癖は良く知っていたからだ。だが、自分で思っていた以上に酔いが回っていたようで、身体が思うように動かない。
「や、やばっ…おおい、アイラ〜」
厨房に引っ込んでいたアイラをなんとか呼んだ。「はーい」とアイラがやってくる。アイラの姿を認めたヴィクトリアは、突然立ち上がるといきなり
「ヴィクトリア・アシュレー、これから脱ぎまーす!」
と叫んで、本当に上着を脱ぎ始めた。
「わわわ!!!」
これが予想できていたディノは慌ててなんとかしようとしたが、いすに足を引っかけてつまずき、そのままテーブルに突っ伏してしまった。意識を失ったのか、現実逃避のため寝てしまったのか、それはディノにしか分からない真実である。
「ヴィクさん、ここはお風呂じゃないんですよ!」
しらふのアイラは必死にヴィクトリアを止めようとするが、華奢なアイラにディノより身長の高いヴィクトリアを止める力はない。次々にヴィクトリアは着ている服をはぎ取っていった。文字通り素っ裸になると、満足したのかヴィクトリアは床にぶっ倒れてしまった。
「やーん、ヴィクさんってば」
ちっとも色っぽくないストリップショーを見せられたアイラは、それでも健気に立ち回った。頬をぱしぱしと叩いて、目を覚まさせる。
「ヴィクさん、敵襲ですよ!」
「て、敵? どこだ?」
ヴィクトリアががばっと起きあがる。
「あそこです」
アイラが指さしたのは、客用寝室の扉。ヴィクトリアは客用寝室に飛び込んでいった。
それから10分後、客用寝室のベッドですやすやと眠るヴィクトリアと、すっかり意識を失ってテーブルを枕にしているディノがいた。
数日後、アイラがディノにこう言った。
「ヴィクさんって本当におもしろい人。また連れてきてくださいね」
ディノはそっぽを向いて答えなかった。あの翌々日さらにヴィクトリアに腕相撲を挑んだものの、やはり勝てなかったからだった。