「イアン・ソレルです。よろしくおねがいします」
ふにゃふにゃっと笑って、ぺこんと頭をさげる。背ばっかりひょろひょろ高くって、モンティンにあるっていう、トーテムポールみたい。ちゃんと中身入ってるのかなぁ。なーんか、頼りなさそう。
イアンに関する第一印象っていったら、こんなとこだったね。
まあ、若い女の子たちが肘をつつきあって目配せしてたのは見たけどさ、別にそれほど深く考えてはいなかったわけ。よく考えればわかったんだけどね、あいつがケンカを売られやすい体質だっていうことは!
あたし、朝型だからさ、朝早く、集中力のあるうちに難しい調整とかやってしまいたいんだよ。イアンが来た週には、週末に新型機の模擬戦が控えてて忙しい時期だったから、たまたま早起きして機甲兵の調整してたんだ。そしたら、下の方でなんかボソボソ声がするから、ちらっと見たんだよ。
「・・・から手を引けって言ってんだよ!」
でかい声をあげてるのは、工房の若僧だ。もう一人、あの妙にひょろひょろした人影は・・・イアン?(ああ、あの新人か、って、そのときは思ったんだけど)
「手を引くってどういうこと? ボク、なにかしたのかなぁ?」
「しらばっくれていられるのも、今のうちだぜ。素直に謝っときゃあ、タコ殴りにすんのだけは、カンベンしといてやる」
あははん。あの、工房の若僧、イアンの自己紹介のとき顔を赤らめてた女の子の、カレシの方ってワケだ。すごみ方も堂に入ってるけど、乱暴なだけじゃ、女の子にはもてないぞ。
当のイアンは、状況がわかっているのかいないのか、少し困った顔で、しばらく自分の手足をもてあましているように見えたけど、急に姿勢を正したと思ったら
「・・・・・・ごめんなさい」
ぺこん。
って、そこで謝るか、フツー! しかも、律儀に頭まで下げるなよ!!
「・・・オマエ、ホントにわかってんのか?」
さすがに相手も毒気を抜かれて、目を丸くしている。
「ダメかなぁ? でも、思い当たることがないんだもん」
!! ここで、言うか、ソレ!?
気の毒に、若僧の血管が切れる音が、あたしには聞こえたよ。
「ふざけるな!! 問答無用だ! 勝負しろ!!」
当然のなりゆきで、若僧はいきり立ってイアンに殴りかかろうとする。
「わあっ、ちょっと待ってよぅ!」
あーあ。これって、止めるべき、だよね。見てたのに止めないで、あのひょろひょろした坊ちゃんがケガでもしたら、寝覚めが悪いもんな。
なーんて思った、瞬間。
イアンの長い腕が、正確に若僧の顔面をとらえていた!
若僧は、一瞬足をふらつかせただけで転ぶことはなかったが、反撃を予想していなかったせいか、けっこうな衝撃を受けたようには見えた。
イアンは困ったような顔で、一応ファイティングポーズをとっている。手足が長いので、妙に肘が余ってしまっているように見えた。そして、なぐられた方みたいな情けない声で言ったのだ。
「やめようよぅ。ボク、けんかなんかしたくないよ」
・・・・・・バカかあいつは。ここでそんな言い方したら、余計に相手を煽るだろーが!
ひょいっ、とコックピットを乗り越えて、するすると機甲兵から降りていく。幸い、目をつむっていても降りられるほど慣れた動作だ。
「なにしやがる、くらえ、この・・・!」
「そこまでっ!」
機甲兵の膝のあたりから二人の横へ、天からやってきた裁定者のようにジャンプする。腰に手をあてて、憤然として二人を見上げる。
「ケンカするのは勝手だけど、あたしの見てないところでやってもらえるかな」
二人が目をみはり、ことに若僧が気まずそうに目をそらしたのがわかった。
「・・・フェルさん、こ、これにはワケがあるんすよ」
「興味ない。っていうか早くあっち行って。これ以上あたしの邪魔すんじゃないよ」
こういうのは、気合いだ。相手に有無を言わせない。朝の貴重な時間を、こんなことで費やしたくはないよ、忙しいのに!!
工房の若僧は、口の中でなにかむにゃむにゃっと言って、それでも関心したことに、ちょっと頭を下げて去って行った。あとでまたイアンにケンカ売るとしても、それはあたしには関係ない話だからね!
「あの、ありがとうございました。助かりました」
イアンが律儀にも、また頭を下げる。あーもー、そういうのはいいから!
「別に。君は、スキがあるからケンカ売られるんだよ。もっとシャンとしな」
「はあ、あのう・・・・・・、がんばります」
・・・あんまりわかってないな、これは! まあ、もう、どっちでもいいや。
「さて、わかったら、君もさっさとあっち行って。言ったでしょ、あたし、忙しいんだから」
「あっ、じゃあ、ボク手伝いますよ! お礼です!」
妙ななりゆきになった。
なんであたし、こんなとこでこんなこと説明したりしてるんだろう。
「・・・で、こっちがコントールボックス。今回の最新鋭機の目玉はギアだからさ、慎重に調整してるんだよ。・・・そこの、ミドリの線をこっちへ・・・そうそう」
「こっちの赤い線は?ぐるっとこっちを回ってるみたいだけど」
「それは、バイパス回路。この機体では、回路に負荷がかかることが予想されてるから、あらかじめバイパスで余分なエネルギーを逃がすんだ」
「すごいなぁ、これ、ルージョンがいないと動かないのかなぁ?」
「今はルージョン制御機構と連結してないから、有視界行動じゃなければ動くよ、技術さえあればね」
「ホントに?」
イアンが子供みたいに目を輝かせて、ひょいとコックピットに飛び乗る。その動作とほぼ同時に機甲兵の右手がゆっくりと握られ、開く。
「ホントだ、軍用機よりずっと、滑らかな動きだね」
「・・・ギガンテック、だったんだ」
あたしは目をみはる。まさかこの、ふにゃふにゃした坊ちゃんが、機甲兵を操縦できるなんて、思いもしなかったから。
「ん、ちょっとの間だけ。・・・すぐやめちゃったんだ」
なにか事情があるのか、ちょっとはにかんで言葉を濁した。ギガンテックに向いてないことは、なんとなくわかるけどね。
「・・・君は器用だから、こっちのが向いてるかもな」
なんの気なしにあたしが言うと、
「ホント?」
まっすぐに、けれんみのない笑顔でにっこりと笑う。改めて聞かれると、妙にバツが悪くなって、あたしは言う。
「・・・・・・ウソ」
「なーんだ」
別に気にしたふうでもなく言うと、イアンはその長い手足を伸ばした。まっすぐな足から、少年のようなヒザが飛び出していた。
週末は、工房の公開試験試乗。
今回の新型機は、ギアを段階的にではなく、連続的にシフトできるっていう機能がウリで、最大出力を維持したままシフトチェンジができる、っていう利点がある。
具体的に言うと、今までは相手の剣を全力で受けとめながらギアをシフトさせようとすると、クラッチを経由する一瞬はパワーがニュートラルになるから、そこで崩されてしまっていたんだけど、最大出力を維持したままそこでシフトダウンできれば、スキのないまま相手をねじふせることができるようになるってワケ。
もちろん、そのシフトダウンの一瞬には、回路にものすごい負荷がかかるから、計算上ではバイパス回路で充分な安全性を確保してあるんだけどね。こればっかりは、実戦でやってみないと分からないところもあるから。
新型機の公開試乗だから、工房屈指のギガンテックが選ばれてる。2人とも、充分に実戦を経験してきた猛者だ。試験試乗って言っても、手加減ナシの真剣勝負。開始前から、実戦さながらの気迫が漂う。機甲兵同士が向かい合い、独特のきしみ音を立てて礼をする。
ぴん。
冷たい、緊張感の味がする。
フラッグが振られ、エネルギーがぶつかり合う!
鋼鉄のはじかれる鈍い音がして、一撃目は軽く払われた。ニ撃目は、新型機が若干、迅かった。従来機のギガンテックは剣を受けとめると同時に反動をつけ、新型機を押し返す力を利用して後ろへ飛び退った。新型機は半歩退いて反動を受けとめ、剣を振りかざしたところで、従来機がふところに飛び込んできた!
ギン!
肩を狙って振り下ろされた剣を、新型機はすんでのところで、剣の鍔で受ける。
一転した接近戦で、互いのルージョンの顔が確認できるほどに双方の機体がせめぎあう。
「・・・おい、あれ、やばくないか?」
ルシエトくんが言ったのと同時に、あたしも気づいた。新型機、揺れ出してる。細かく、こまかく。負荷に耐えられずに、機の全体にノッキングが始まってる。まずい!
「おい、あれ!」
新型機のルージョンコックピットの右側から、細く煙が出ているのがちらっと見えた。瞬間。
「!!」
反射的に手で顔を覆う。音はなかった。なかった、と思う。目の前でふいにストロボを焚かれたときのような衝撃が走り、全身に突き上げるような揺れを感じた。目を開けられないまま、音が遅れてやってきたのが、耳ではなく、体全体でわかった。
「くそ!」
言ったのがあたしだったか、それとも他の誰かだったか覚えてない。
煙をかすめて目をこらすと、新型機の肩から盛大に炎があがっているのが見えた。黒い煙が、生き物のように天に向かって伸びている。その、機甲兵の左肩。
ひょろっとした足。ルージョン用コックピットに腹ばいになっているのか、上半身は煙で見えなくなっている。割れた窓から頭を突っ込んでいるのだ。両足だけが無目的にじたばたしてるだけのようにも見えるけれど、明かに、ルージョンを助けようとしている。無謀な! っていうかあの頼りなさげなヒザには見覚えがある!
「イアン!?」
叫んだのはあたしだったと思う。まるで、聞こえたみたいにイアンが、すすだらけの頭をひょこっと出した。腕に、素体になった猫ルージョンを抱えている。表情までは見えなかったけれど、腕の中のルージョンに何か話しかけてるようだ。
「ぐずぐすすんな! 早く逃げろ!!」
声がでかくて、よかったと思う。イアンがちらっとこちらを向いて、うなずいた、ように見えた。
2度目の爆発があった。誰かが叫び声をあげた。金属音。瓦礫の崩れるような音に混じって、ギガンテックが非常用のハッチを蹴り開ける音を、確かに聞いた。新型機に搭乗していたギガンテックが、機甲兵の肩からほとんど自由落下で滑り降りてくるイアンを受けとめると、腰のあたりから軽々とジャンプした。

「ちょっと!」
機甲兵に近づこうとする人、逃げようとする人、消火活動を開始する警備員などで、現場が一瞬静止したように感じた。あたしは人混みをかきわけながら、イアンに近づく。ハイルスコウ博士が、もみくちゃにされながらルージョンを受け取ったのを見た。
「ケガ、してるみたい。やけど。それに、おびえてる」
息をはずませて、イアンが言う。
「すまんが、通してくれ! ルージョンを救護室に連れて行く!」
ハイルスコウ博士が声をあげて人を避ける。あたしはイアンに近づくと、その腕を強く握った。びっくりするほど細い腕だった。
「イアン、ちょっとイアン」
「フェルさん。大丈夫?」
「こっちのセリフだよ。それよりちょっと、手、見せて」
「手?」
人混みに流されるように、工房の正面まで押し戻される。消化剤の粉っぽいにおいがしている。機甲兵から上がる煙は、すでにあらかた白くなっていた。
「ほら、やっぱりやけどしてる」
イアンの手の平を確認して、あたしは言う。思ったよりひどいやけどじゃないけど、指の方まで赤く、ところどころでは火ぶくれができはじめていた。
「ホントだ。・・・・・・いたい」
ふにゃ。道端で転んだ子供みたいに、イアンが泣きそうな顔になる。まったく、今まで気づいていなかったくせに!
「あたりまえだろ。火を吹いてる鋼鉄の上、素手で登ったんだぞ。ほら、こっち来て」
イアンの細い腕を握ったまま、あたしはイアンを救護室に連れて行く。ルージョン用とは別になっている、人間用の、いわば保健室だ。
「ほら、これでよし」
治療のすんだ両手を、ぽんと叩く。片手ずつ治療する間、イアンは湿ったタオルで自分のすすだらけの顔をあらかた拭うことに成功していた。さっきよりはだいぶマシになった顔に生真面目な表情を浮かべて頭を下げる。
「ありがとうございました」
あたしは腕組みをしてイアンを見下ろす。この細い体のどこに、あの行動力があるんだろ?
「別にいいんだけどね。それより、あんな無茶すんなよ。ルージョン助けに行って、君が死ぬなんて、ばからしいだろ」
あたしが言うと、イアンは音をあげて立ちあがった。
「そんなことないよ! ルージョンだって、ボクたちと同じ命なんだよ! 事故だからって黙って見殺しにするなんて、できないよ!!」
びっくりした。
あの、いつもふにゃふにゃしてて、中身がなさそうで、あとからやけどに気づいてべそかいてるような見るからにひ弱ないいとこのボンが、こんなにムキになるなんて。
きょとんとしてるあたしを見て、イアンが急にふにゃふにゃになる。
「・・・あ、えと、・・・でも、さっきのは、べつに、その、今みたいにちゃんと考えてたんじゃなくて、ただ、体が動いてたっていうか、気がついたらやってたっていうか、その、要するに、ぜんぜん考えてなかったんだけど・・・心配してもらって、その、そんな、大声出すつもりなんかじゃ・・・」
ぷしゅーって、イアンの頭の上から空気が抜けてく音が、聞こえる気がした。
あたしは思わず笑ってしまう。
イアンの頭を、ぽんぽんって叩く。弟って、こんなカンジかな?
「よく、わかった。だけど、自分が助かる範囲で無茶しなよ。君になにかあったら、ご家族が悲しむんだぞ」
ちょっと考えて、つけたす。
「多分、あたしもね。多分だけど」
「・・・フェルさんって、お姉さんみたいだね」
「は?」
「ボク、妹はいるけど、お姉さんはいないんだ。でも今の言い方とか、きっと、ボクにお姉さんがいたら、そういうふうに言うんじゃないかと思うんだ」
「なーに言ってんだか」
赤くなったのがわからないといいけど。あたしはふいっとそっぽを向く。
家族なんて、今更。弟なんてね。
体が浮く気がして、くすぐったい。
コイツ、なんだってこう人懐こいんだろう。そういうの、あたしの趣味じゃない。
家族なんて、今更。弟なんて。
イアンがあたしのこと「フェル姉」って呼び始めて、あたしがそれを認めるまで、そんなに長い時間はかからなかったと思う。まったく、そういうの、どうしようもないんだから!
そして、あたしは今も、イアンのヒザを見るとたまに、そのときのことを思い出す。イアンのヒザは今も、少年のように骨ばってる。
これはイワさんから「お歳暮」としていただいたお話です。読んだとき嬉しくて飛び上がりそうでした。イワさん、ありがとうございます!
しかし、エピソードがイアンらしいですよね。でも、女の子たちが興味を示すほどもてるかどうかは分かりませんけど(笑)。数値的には魅力14だったりします。(微妙な数字かも)
ちなみに、この時点でイアンは17、8才です。16才で入隊し1年で除隊してますので。
イアンが後先考えずに行動するタイプなのは事実です。いやー、イワさん、よく分かっていらっしゃる。